心を切りとるは身を知る雨
***


 清倉の夏の早朝は、縁側からひんやりとした風が吹き抜けて、意外と涼しい。

 炊き上がったばかりのほかほかの白いごはんと、湯気のたつ具だくさんのみそ汁に迎えられた朝晴は、つやのある焼き鮭にふっくらしただし巻き卵、海藻の入ったサラダをぐるりと眺める。

 東京で一人暮らししていたときには考えられなかった豪勢な食卓を前に、「今日もうまそうだなぁ」と箸を握る。

「ああ、お茶を忘れてたね」

 今年、喜寿を迎えた祖母の久子(ひさこ)は、テーブルに手をついて難儀そうに椅子から立ち上がると、湯呑みを三つ台所から運んでくる。

「ばあちゃん、ありがとう。悪いな。毎朝、作ってもらってさ」

 久子は父方の祖母だ。朝晴が妹のしぐれを連れて東京から引っ越してきたあと、まるで生きがいのように彼らの面倒を見ている。

「サラダとおみそ汁はしぐれちゃんが作ってくれたんだよ」
「そうなのか。しぐれ特製のドレッシングはうまいからな、サラダから食うか」

 向かいに腰かけるしぐれに向かってそう言うと、朝晴はサラダをほおばる。オリーブオイルのほのかな香りが、レモンとともに爽やかに口の中に広がる。朝のサラダにはもってこいの味付けだ。

「お兄ちゃん、やっぱり仕事大変?」

 うまいうまいと、次から次へと平らげていく朝晴を見て、あきれ顔のしぐれがそう尋ねる。

「ん? なんで」

 教師の仕事を始めたころはよく気にかけてくれていたしぐれだが、すっかり教員が板についた今も心配してくるなんて珍しい。

「だって、昨日も夜遅くまで電話してるみたいだったし。教員って忙しすぎるよね」

 前職も似たような忙しさだったから大したことはないと思いつつ、朝晴は緑茶をぐいっと飲み干すと、タンスの上の筆立てにさしてあるうちわを指差す。

「電話は夏祭りの件だよ。切り雨さんから連絡あってさ」

 うちわには、第23回清倉地域夏祭りと書かれている。地域学校協働活動の一環で行われる夏祭りで、朝晴は推進員のメンバーだ。中学校で行われる行事では特に、率先してリーダーを務めている。
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