心を切りとるは身を知る雨
 いや、むなしすぎたのだろうか。浮気があったかなかったかよりも、疑われるような行為をし、それに傷ついている婚約者に寄り添わない文彦との対話が、まったく成り立たないことへのむなしさ。

 いま思うと、文彦はあの女の人をかばっていたのだろう。だから、のらりくらりとした返事しかしなかった。あの人のことは心配していたけれど、婚約を破棄したかったわけではない。一方、別れたがる未央を引き止める努力も放棄していた。

 文彦は誰にでも優しい人でありたかった。婚約者は二の次で、他者に思いやりを持つのは、いい顔をしたかったからだろうか。それを理解してくれる未央だからこそ、婚約者としてふさわしいと思っていた。

 こんなはずじゃなかった。そう思ったのは、未央だけじゃない。きっと、お互いに理想を愛していたのだろう。そう思う最後だった。

『僕に作品を作ってくれないか』

 婚約破棄したあと、切り絵作家として独立すると決めた未央に、文彦は連絡を取ってきた。

 せめてもの罪滅ぼしで、未央の作品を未央としてそばに置きたかったのかもしれない。結局、作品は文彦の手に渡ることはなかった。なぜ、彼が作品をキャンセルしたのか、その真実はいまだにわからないままだ。
< 91 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop