心を切りとるは身を知る雨
「はい。それでも、間違いなく心は完全に奪われていたと思います。心惹かれていなかったことは証明できず、友人は疑心暗鬼になり、別れを告げたんです」
「浮気する男の気持ちはまったくわかりませんね」

 憤慨するように朝晴は言ったが、すぐに気まずそうに笑む。

「すみません。つい、感情的になってしまって」

 謝ると、ステーキを口にほうり込む。少し固くなってしまっているだろうが、おいしそうに食べる姿を見ると、こちらも元気がもらえる気分になる。

 彼はモテるだろう。しぐれが言っていた。東京にいたころは、遊び相手に事欠かない生活をしていただろうって。だから、朝晴はすごい人だけど、恋人には向かないと釘を刺したのだ。

 しかし、清倉へ引っ越してきた朝晴は、昔のように穏やかで優しい兄になったらしい。人は環境で変わる。きっと、文彦が心変わりしたのも、婚約が正式に決まり、環境が変わろうとしていたからかもしれない。

「文彦さんは婚約が窮屈だったのかもしれません。おとなしくて頼りない、守ってあげたくなるような魅力のある彼女は、彼にとって癒しを与える存在だったのかもしれません。浮気したのは、友人にも問題があったのかも……」
「ご友人だって、守ってあげたくなるような繊細な方だったのでは?」

 未央を遮って、朝晴は言う。
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