心を切りとるは身を知る雨
 朝晴は未央をベンチに座らせると、売店でコーヒーを買ってくるといって立ち去った。

 売店では、アイスクリームやフランクフルトが買えるらしい。朝晴はそれらのメニューを指差しながら店員と親しげに話していたが、結局、ホットコーヒーを二つ買って戻ってきた。

「ここ、好きなんですよ。清倉の絶景が見えるので」

 ベンチに腰かける朝晴が、清々しい表情で前を向く。

 開発が進んでいるのは駅周辺だけで、清倉にはまだたくさんの自然が残っている。色づいた山々の奥に望む海や、おもむきのある日本家屋。絵本の中に入り込んだような風景は、どこか心を穏やかにしてくれる。

「あの日、ここでお会いしたこと覚えてますか?」

 コーヒーをひと口飲むと、朝晴はそっと切り出す。

「ええ、はい」

 清倉の展望台に行きたいと言われたときから、予感はあった。

 朝晴があの日のことを言わないなら、未央も心の中にしまっておくつもりだった。しかし、やはり彼は、あの日の出会いをうやむやにしておけなかったのだろう。

「切り雨で未央さんを見つけたとき、本当はすぐにあの日の方だって気づいたんですよ」
「なんで黙ってらしたんですか?」
「まあ、ご様子がご様子だったので、俺は何も覚えてないふりをした方がいいかなって思ったんです」

 だから、自分よりしぐれの方が先に出会っていたと、わざとらしく嘘をついたのだろう。本当は、先に出会っていたのに。

「泣いてましたものね、私」
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