心を切りとるは身を知る雨
「清倉は暮らしやすいいい場所ですよって言ってくれましたよね? 引っ越すつもりがあるなんて話もしてないのにそうおっしゃるから、驚いたんです」
「驚くって?」
「本当は、死ぬつもりでここへ来たんです」

 ぽつりと吐き出すと、朝晴が向き合ってくれるようにひざを寄せてくる。また泣いても大丈夫なように。受け止めようとしてくれるかのように。

「そのことに気づいてましたよね? 清倉の良さを延々と語る井沢さんに、私は救われました。気持ちをまぎらわそうとしてくださる姿を見て、井沢さんが愛するこの場所を私の死に場所にしたらいけない。ここでならやり直せる。そう思ったんです」
「俺がいるとわかっていて、清倉へ引っ越してきたんですか?」
「もう一度、お会いできたら……とは思ってました。あのときはありがとうございました」

 未央は深々と頭を下げる。

 清倉へ導いてくれたのは、朝晴。初めて出会ったときから、初対面とは思えないような気づかいで接してくれた彼に、未央は救われてきた。

「未央さん……」

 なぜか、朝晴が感極まる表情で手を伸ばしてくる。驚いて、身を引きながら触れ合いそうになる手を見下ろしたとき、展望台へ登ってくる数人の中学生の姿が見えた。

「あー、井沢先生、デートしてるー」

 元気のいい声に朝晴はがっくりと肩を落とすと、「大人をからかうなよー」と笑った。




【第三話 ほろほろ雨 完】
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