冷酷弁護士の溺愛~お見合い相手は、私の許せない男でした~

「……お忙しいでしょうから、わざわざ私にお時間を使っていただかなくてもいいんですが」

 玲は助手席に座り前を見たまま、運転席の男に向けて冷たく言った。

 萌と昼間にそんな会話を交わしていたとしても、そして仲人の手前、彼を邪見にしすぎてはいけないという前提があったとしても、玲は自分を迎えに現れた男に対して、そう簡単に優しくなれそうにはなかった。

「嫌そうだな」

 伊神がくすくすと笑う気配に眉を寄せる。
 この人のこの余裕はいったいなんなのだろうか。 
 気を悪くした様子もないし、それほど自分が選ばれることに自信があるのだろうか?
 成金、と父がよく言うような言葉を使いたくはないが、これまで玲が付き合ったりお見合いで出会ってきた男性と比較すると、その不遜ぶりは際立つ。

 ただ、相手がそういう態度なら、玲自身も自分を偽らなくていいと思うと気楽でもあった。

「……結愛のことですが」
「うん?」

 またか、とうんざりした顔でも見せられるかと思ったが、そんな気配はない。

「正直なところを伺いたいです」
「正直な、とは?」

 だが、また煙に巻こうとするような発言をする彼をきっと睨む。

「仕事上、仕方なかったとは理解しています。でも、あなたのやり方はひどかった。それを反省はしていないんですか」

 伊神はすぐに返事はしなかった。
 頬杖をつき、どう答えるべきか悩んでいるように見える。
 そして、「君だったらいいか」とよく分からないことを言った。

「俺の目的は、園池(そのいけ)議員の信用を得ることだったからね。もう一度やり直せたとしても、同じようにする」
「……っ」

 堂々と言い切る姿にかっとなる。自分を落ち着けようと、ふー、と息を吐いた。

「何が得たいんですか? 名誉や地位ですか?」
「名誉、ねぇ」

 信号が赤になる。こちらを向いた目は鋭く、玲を一瞬どきりとさせた。

「違うんですか……?」
「君の好きなように思ってくれていいよ」

 あしらわれている。
 玲はむっとなったが、だが、これ以上年下扱いされたくもなかった。

「……あなたはもう少し、私に対して、猫を被ってもいいと思いますけど」
「君はそういうのは嫌いだろう」

(萌と同じようなことを言う)

「私に断られたら、困るんじゃないんですか」

 自分で言葉を発してから、その高慢な発言の内容を自覚して頬が熱くなる。だが、伊神がそれをからかうことはなかった。

「構わないよ。成金を嫌がるお嬢様は多いだろうから。でも君のほうは、それだと困るんじゃないか?」
「は?」
「仕事。辞めろって言われてるんだろ」
「……っ」
「そんなに都合のいい男は多くはないと思うけどな」
「自信あるんですね」

 玲は呆れた様子でシートに身体を預けた。この男の前で構えることが馬鹿らしくなってきたのだ。

(どうしても人に頼って生きるしかない自分が嫌になる)

 玲はそう感じながら、外の夜景に目を遣った。
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