冷酷弁護士の溺愛~お見合い相手は、私の許せない男でした~
第一章 絶対好きになりません
「ここで大丈夫です」
一宮 玲は、そう言ってタクシーを止めた。
スマホで精算をして車を下り、目の前の白い壁に囲まれた建物を眺めてため息をつく。
玲の実家であり、つい数年前まで住んでいた場所。だが、気がすすまないという表情を隠すことはできなかった。
インターホンを押すと、すぐに母の、明らかに安堵した声が応える。
『玲! おかえりなさい』
開錠の音がして扉をくぐる。気合を入れるように、ふう、と息を吐いた。
玲は今、ここから数駅離れた場所で一人暮らしをしている。父にも母にも、どうしてそんなことをしたいのか、家を出るのは結婚してからでいいじゃないかと何度も反対されたのだが、少しでもここから逃げ出したい気持ちが強かったのだ。
だが困ったことに、最近はこうして、実家から呼び出されることが増えた。
「そこにかけなさい」
リビングに足を踏み入れると、白髪交じりのどっしりとした風格の父は、こちらも見もせずにそう言った。
壁にかかる絵がまた新しいものになっていて、それにも溜め息が出そうになる。
「お父さん。私、もうしばらくお見合いはしないって言ったよね」
玲はスーツ姿のまま、腰を下ろすこともせず言い切った。
父は新聞から顔を上げ、呆れた様子で言う。
「またそんなことを……お前はもう二十八だぞ。いい相手を見つけてやろうという親の気持ちをなんだと思ってる」
父は聞き分けのない娘だと決めつけているようだが、呆れているのは玲のほうだ。
彼がしようとしていることは、玲のためになどなっていないことに、いつ気づいてくれるのだろうか。
父がこのような話を持ってくるのは、もう五度目になる。さらに今回に至っては、『十月三日にセザンヌホテルに来るように』とだけ留守電が入っていた。
直接顔を見せなければ話にならないと思い、わざわざ帰ってきたのだ。
古くから縫製業を営み、今もいくつかの会社を営んでいる一宮家は、世間一般では良家と呼ばれる家だ。
さらに父は議員などとも懇意にしており、そうした伝手から、玲に見合い話を持ってくる。
だが玲は決して、親への反抗心で闇雲にお見合い話を拒否しているわけではない。