冷酷弁護士の溺愛~お見合い相手は、私の許せない男でした~
「どうしたの?」
いつ、どうやって話を切り出そうかと考え続けた玲は、次に会った時、気づけば運転席の彼の横顔をじっと見てしまっていた。
慌てて目を逸らせたが、遅かった。
「見惚れてたって感じじゃないな」
伊神は前を向いたまま、残念そうに、だが冗談めかして言う。
「いえ、なんでも……」
この人は、不遜で、本心の読めない男だ。
だが果たして、悪いことに手を染めるような人間だろうか?
(私に分かるわけ、ないか……)
玲の知る世間は狭い。
彼は玲と比べ物にならないほど広い世界を知っていて、さらに弁護士という仕事の中で、複雑な人間関係にも触れているだろう。
玲がどれだけ考えても、敵うわけがないのだ。
玲はもう、やぶれかぶれだというように言った。
「伊神さんの、学生時代のお話を聞いてもいいですか?」
「いいよ。どんなことが聞きたいの?」
その返しを準備できていなくて、一瞬固まる。
伊神は玲のその様子に吹き出した。
「玲さんさぁ」
くっ、くっ、と、笑いを止められないようだ。
「なんですか……ただの世間話です」
「バレバレなんだけど。何か調べてるんだよね?」
(やっぱり、怒らないんだ)
やはりこの人は、悪い人間などではない、という思いが強くなる。
指で涙を拭ってこちらを見る少年のような笑顔に、目を奪われた。
「すみません、こそこそと。失礼なことだとは分かってます」
そう言って、玲は俯いた。
伊神は笑顔を引っ込めて天井を仰ぐと、どうしようかな、と零す。
そうして玲のほうに向きなおった。
「まだ、君には話せないことがある」
「……?」
玲は首を傾げた。
「何か……」
それはやはり何か、隠していることがあるということ?
一気に不安が押し寄せる。
「……何か悪いことに手を染めているなら、今すぐやめるべきです」
玲の言葉に、伊神は目を丸くする。そして再び可笑しそうに笑った。
「俺が? それはさすがに見当違いだな」
そう言われて、顔がかぁっと熱くなった。
「世間知らずと思って、バカにしてませんか!?」
「してないよ。むしろ」
予想以上に優しい笑顔がこちらを向く。
「周りに綺麗な人間ばかりじゃないだろうに。まっすぐに育ったんだね」
「……っ」
頬がさらに熱くなる。褒められてはいる。だが同時に、また年下扱いされたことも分かっていた。
「失礼です……!」
「あはは」
伊神は嬉しそうに笑う。そしてその顔が、また優しい表情に戻った。
「俺のこと、信じて。君を悪いようにはしないから」
「悪人のセリフに聞こえます」
跳ねた鼓動を隠すために、玲はそう言い、伊神はまた笑った。