冷酷弁護士の溺愛~お見合い相手は、私の許せない男でした~
伊神は額に汗を光らせていた。
玲は後ろ手でスマホを操作して、伊神に電話をかけたのだ。
おそらく無言電話になってしまったが、違和感に気づき駆けつけてくれたのだろう。
「……近くで仕事してたから良かったよ」
そう言われ、玲は涙ぐみそうになった。
来てくれた。
彼が気づいてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
伊神は玲を後ろに庇い、拓斗と向かい合った。
「お前……!」
拓斗は伊神に対して敵意を剥き出しにしている。
玲の胸に疑問が沸き起こった。
(どうして……? 彼はお抱えの弁護士だったんじゃないの……?)
「恩を仇で返しやがって! お前が情報売ったって分かってるんだからな!」
「なんの証拠もないことを……」
伊神は呆れた様子で溜め息を吐く。
「月島さんとは会えないからか……まさかこっちに来るとは。ごめん、迂闊だった」
「いえ……」
何を謝られているか分からないが、今はまだ恐怖の余韻と、彼が来てくれたという安心感で混乱し、考えられる余裕はない。
何をするか分からない拓斗と向かい合っているのに、伊神は全く動じていないようだ。
むしろ、街頭に照らされて冷たい笑顔を浮かべるその姿には、どこか迫力がある。
「警察を呼ばれたいか? もう、俺はあんたを守る必要はないからな。好きにやらせてもらうぞ」
拓斗の顔が青ざめる。
これまでは伊神は、彼に対して慇懃な態度を崩してこなかったのだろう。
いきなり変わった態度と言葉遣いに怯えて、一歩後ずさる。
だが、最後の彼のなけなしのプライドが許さず、こうなってもまだ、引くかどうか迷っている。
「もっと自分を不利にしたいみたいだな」
「ち、ちが……っ」
「悪いことは言わない。引いておいたほうが身のためだ」
拓斗はぐ、と歯を食いしばり、だが今度はくるりと背を向けると、急いで車に乗り込んだ。
車が走り去って行くのを、玲は目を見開いたまま見送った。
伊神は玲の震える手を、ずっと握ってくれていた。
「……ごめん、俺のせいで怖い目に遭わせてしまった」
まだ怖い。
彼には感謝している。でも、それだけではない。
玲は、伊神を睨み上げた。
「ちょっと、さすがに、話していただけますよね」
伊神は困った様子で眉を下げたが、今度はもう、ごまかしきれないと分かっているようだった。