冷酷弁護士の溺愛~お見合い相手は、私の許せない男でした~

「お父さん」

 その日。玲は父が夕方家にいると聞いていたから、早めに帰宅した。
 なんの前振りもなく、単刀直入に切り出す。

「代議士の階堂さんから、何か相談を受けてない?」
「……何の話だ」
「とぼけないで。全部知ってるの」
「とぼけるなだと? お前、親に向かって……」

 鋭い視線がこちらを向くが、玲はもう、それに怯まなかった。
 自分だって父のことはよく分かっているつもりだ。
 その目の奥に動揺が見えたことに気づいた。
 顔を逸らしたのは、父のほうが先だった。

「それよりも、あの伊神という男。あいつとはもう、会わなくていい」
「彼から全部聞いてるわ」
「なに……っ」

 ぐるりと父が慌ててこちらを向く。玲は声を抑え、ゆっくりと話した。

「絶対に、話を受けないで」
「お前には関係のないことだ! 口出しするんじゃない」
「お父さん」

 もう、許可を求める娘の立場ではない。それを分かってもらわなければならない。

「一宮グループを、路頭に迷わせたいの?」

 声を低く、ゆっくりと。
 威圧する必要はないが、手綱を握っているのがどちらか、分からせるように。

 父は玲が知る限り初めて、彼女の前でぐっと詰まった。

「お父さんも、危ないって分かってるんでしょう?」
「あの人には、ずっと世話になってきた……、今さら断れない……」

 玲ははっとなった。
 生まれて初めて聞く父の弱音だったからだ。

 膝をつき、視線を合わせる。ここが勝負だ。

「お父さん、誰だって間違うことがある。道を踏み外すことだってある。誰かを盲信することの危険さは、分かっているでしょう?」
「……お前は、偉そうに……」

 父はプライドが高い。娘ごときに意見され、忌々しそうに顔を歪める。
 だが、もうひと押し。

「一度だけ、私に賭けて。この選択が一宮グループの未来の明暗を分けると、私は確信してる」

 父は目を丸くした。
 知らない相手を見るような目をこちらに向けてくる。

 そうして。
 最後には参ったというように、ゆっくり目を閉じ、頷いた。
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