「好き」の2文字が言えなくて
「今日ね、秘書課の人に誘われてた時、悠貴くんは断っていなくて……。それで、やっぱり悠貴くんに年が近い大人な女性がいいのかなって……」
工藤さんが嬉しそうに話していた内容が頭の中に繰り返し再生されていた。
『今日は楽しみにしていますね。それじゃあ、18時に地下の駐車場で、お待ちしています』
『わかりました。よろしくお願いします』
そんな2人の会話を聞いた私は、今晩、2人が一緒にいるんだと想像しただけで胸を掴まれたように苦しくなった。
顎に手を当て首を傾げた珠里ちゃんが話し出す。
「うーん、私はその現場を見ていないけどさ、なんか事情があったりしない? 例えば普通に仕事だったりしないかな」
「それはわからないけど……」
「悠貴のことだから、きっと仕事だと思うよ。もう、くよくよするくらいなら、さっさと告白しちゃいなさい」
「それができればこんなに悩んでないから。近くにいたくて就職だって頑張ったのに、近くにいることが辛いだなんてもう悲しすぎる」
私は目の前に置かれたグラスを手に持ち、ワインを一気に飲み干した。
「珠里ちゃん、おかわりちょうだい」
「麻莉亜はそんなに強くないんだから、ほどほどにしなさいよ」
「もう、飲まないと無理。今日見たことを忘れるまで飲みたい」
珠里ちゃんが言うように仕事の会食とかなのかもしれないけれど、工藤さんの嬉しそうな顔と最近私に向けられる敵意みたいなキツイ視線を忘れたくて、私は慣れないお酒を飲みため息を吐き続けた。
「ため息吐いて落ち込んでるくらいなら、何かしたら? それじゃ、いつまで経っても何も変わらないよ」
「でも、何をしたらいいのかわからないんだもの」
「まあ、仕方ないな。今日のところは飲んで、寄ってくる女たちを撃退できないあいつへの不満をぶちまけちゃいなさい。いくらでも聞くから。ほら、ワインをもっと飲んで、嫌なことなんて忘れなさい」
珠里ちゃんが空いたグラスにワインを注いでいく。
「お酒飲んだら忘れられるかな?」
「忘れるくらい飲んでみなさいよ。ちゃんと面倒はみるから」
勧められるまま、ワインを飲んでいた私はいつの間にか睡魔に勝てず眠ってしまった。
「麻莉亜、そろそろ帰ろう。って、麻莉亜。あちゃー、本当に寝ちゃったか。仕方ない、和真に連絡して迎えに来てもらうか」
珠里ちゃんがそう呟いて和真くんに連絡していたことを私は知らない。
うっすらと記憶にあるのは、珠里ちゃんと和真くんの話す声。そして、なぜか悠貴くんの心配そうな声が聞こえたとき、身体が浮いたようなフワフワとした感覚があったことくらいだった。
珠里ちゃんと飲んだ翌日、私が起きたら珠里ちゃんの部屋で唖然とした。