「好き」の2文字が言えなくて
「えっと……プロポーズって、悠貴くんが?」
「あなた聞いてなかったの? そんな理解力でよくアナリストなんてできるわね」
呆れ顔で大きくため息を吐き出した工藤さんが、また、嫌悪の表情を見せる。
「妹みたいだ、なんて言ってたけど、所詮は他人でしょう。目障りなのよ。今後あなたには、悠貴さんの目が届くところにいてほしくないの」
「それって、私に会社を辞めろ、ってことですか?」
「辞めてもいいし、異動を願い出てくれても、どちらでもよくてよ。今なら私のお父様があなたの希望の部署に異動させてくれると思うから。お好きにどうぞ」
「お好きに……って、そんな」
「異動も退職もしないなら、どうなるかしらね」
脅しとも取れる言葉を吐き捨て、カツカツとヒールの音をたてて休憩室を出ていった。
言いたいことだけ言って、勝手に去るなんて。
あんな自分勝手な人を悠貴くんが好きになるはずない。
そうは思うけど、工藤さんは常務のお嬢さんで、そして美人で大人な女性だ。
社長の甥だということさえ教えてもらえなかったのだから、私なんて妹分にすらなれていなかったのかもしれない。
それにしても、工藤さんの話に簡単に返事はできない。
異動といっても、今の職場での達成感とかやりがい、先輩たちとの関係を失って、この先も頑張れる自信はない。
しかも、退職なんて。あれほど悠貴くんと同じ会社で一緒に仕事をしたいと頑張ってきたのに、いきなり仕事を辞めたら、きっと途方に暮れてしまう。
「私はどうしたらいいの……」
呼吸の仕方を忘れるくらいの衝撃で、うまく頭が回らなくなった。
その日、休憩から戻った私の顔色が良くなかったのか、久美さんに早退するように言われ家に帰った。
すぐにベッドに入った私は呆然と天井を見ていたが知らぬ間に溢れた涙が枕を濡らす。何をどうしたらよいのかなんて考えられず、ただ工藤さんの言葉が頭の中で繰り返されていた。