「好き」の2文字が言えなくて
それから数日、私は覇気をなくしていたものの、途中でこの仕事を放り出すなんてできないと考え、無心で取り組んでいた。
「村井さん。今晩、一緒に食事にでも行かない? ねぇ、行こうよ。この前話していたお店にさ」
「……」
そういえば、最近、北沢さんから食事に誘われることが多くなったと感じ、気を遣わせているんだと思った。
「2人で何話してるんだ?」
「うわっ、前田マネージャー。まったく邪魔しないでくださいよ。今、村井さんを食事に誘ってるんですから」
「そういえば村井さん、なんか元気ないように見えるけど、何か悩みでもある?」
前田マネージャーにまで心配されて、なんて答えればよいのか考えてしまう。プロジェクトのことなら相談できるのに、プライベートなことなんて相談できる関係ではない。
「いえ、特には」
「うーん、特にはないって? そうは見えないんだよな」
「そう見えますよね。だから、俺が元気づけてあげようとしてるんじゃないですか」
こんな私を元気づけようなんて言ってくれる親切な北沢さんだけど、今はそれに対応する元気は本当になかった。
「北沢、お前本当にぐいぐいいくね。まだ就業中なんだぞ。もう少し真面目に仕事しろよ」
「仕事はちゃんとやってるじゃないですか。それとは別にうちは社内恋愛だって禁止じゃないんだし、もう堂々といくことにしたんです」
「へぇ……」
私に構わずに勝手に盛り上がっている2人の会話は、私の耳にはもう届いていなかった。
それは、ついさっきも工藤さんと仲良さそうにしている悠貴くんを見てしまい、私は心ここにあらずの状態だったから。2人を見かけるたびに苦しさが増していくようだった。