「好き」の2文字が言えなくて
「だから、村井さん。今晩、ご飯食べに行こうよ」
「あ、あの、北沢さんせっかくお誘いいただいたのですが、今晩は都合が悪いので……」
「そうか、じゃ、また誘うよ」
「すみません」
私は少し複雑な気持ちのまま頷き、「ちょっとすみません」と言ってトイレに向かった。
悠貴くん以外の男の人と2人で食事に行くなんて、今の私には考えられない。
「困ったな。もう、どうしたらいいのかわからないのに」
鏡の前の自分に向け1人呟いては、ため息を吐く。
ため息を吐くと幸せが逃げる、なんて言われるけど、幸せだった気持ちはすっかり悲しいものに変わっていた。
私が席に戻ると遅れてミーティングに参加してきた久美さんがいて、こんな私を気にかけてくれるので、なんとも気まずい思いになった。
「麻莉亜ちゃん、どうしたの。まだ体調が良くないんじゃない?」
「いえ、体調はだいぶよくなったので大丈夫です」
このプロジェクトをやり切ると決めたので、久美さんには余計な心配をかけたくなくて、笑顔で答えた。
「よし、とりあえず揃ったから今日の打ち合わせを始めるぞ」
前田マネージャーの言葉で、私は気を引き締めた。
打ち合わせが終わる頃、私たちがいるテーブルに悠貴くんが顔を出してきた。
「皆さん、お疲れさま。前田マネージャーからこのプロジェクトは順調だと聞いてるんだが、クライアントからの要望でやりにくいことなどがあれば上に掛け合うから言ってくれよ」
上司の顔で話をしている悠貴くんにさえ見惚れてしまう自分が悠貴くんの結婚を祝えるのだろうか。そんな辛い気持ちで聞いていた。
「三上部長に今お願いしないといけないことはないな。うちはメンバーが優秀だからな。俺の方でたいていのことはできてる」
「そうだな、前田ならまず問題なくできると信じてる。じゃあ、他のプロジェクトの確認に行くか」
「あぁ、他のプロジェクトの方を助けてやってくれ」
「ああ、ここは前田に任せたよ」
爽やかな笑顔を残して悠貴くんが離れていく。辞めたらもう会う機会すらなくなるのかも、そんなことを考えていた。