「好き」の2文字が言えなくて

 資料を倉庫に持って行こうと歩いていたところで会いたくない人に会ってしまった。
 会釈して横を通り抜けようとしたが、そうはさせてはもらえない。

「ねぇ、異動を希望するの、それとも退職するの」
「今はプロジェクトの最中ですから、少なくてもこの件が終わるまでは今のまま頑張ります」
「ふうん。仕事頑張ってるから、このままいさせてほしいって言ってるの? やだ、どうせたいした仕事してないでしょう」

 なぜ、この人は私のことをこうも見下してくるんだろう。なんで、悠貴くんはこんな人を選んだの、そんな疑問が溢れてくる。

「それは……まだたいしたことはできていないかもしれませんが、私なりに先輩に教わりながら頑張ってるんです」
「そういういい子ちゃんぶる人って、私嫌いなのよね。ホント、目障り」
「そんなこと、工藤さんに言われる筋合いないと思います」
「やだ、何口答えしてんのよ。もう、さっさと会社辞めてほしいわ」

 思いっきり睨みつけてくるが、今はまだ辞める訳にはいかないと、手を握りしめ堪えた。

 工藤さんは「ふん!」と言って踵を返し離れていった。
 姿が見えなくなると、ふぅ、と緊張を解いた。


 それでもたまに見かける悠貴くんと工藤さんの並んで歩く姿に心は沈んだ。

 悠貴くんは部長になったばかりの頃は外出や出張が多く、フロアで見かけることが減っていた。それが今は各プロジェクトの進捗管理のためにフロア奥にある部長のデスクにいることが増えていたので、気にしないようにしていてもその姿が自然と目に入る。

 部長になった頃は席にいなくて顔が見られないことが寂しかったのに、工藤さんとの婚約話を聞いた後は頻繁に姿が見られるなんて皮肉なことだと思った。

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