「好き」の2文字が言えなくて

 その作戦とは1人でバーにいるところに突撃して、いつもの私とは違う大人の女として誘惑をしてくる、というものだった。

「そんなに都合よく1人で飲んでたりするのかな? だいいち、どこで飲んでるかだってわからないじゃない」
「それなら大丈夫よ。和真に頼むから」
「和真くんまで巻き込むなんて」

 関係ない和真くんに頼むなんて、申し訳なくてつい顔をしかめてしまう。

「麻莉亜の頼みなら大丈夫だって、いいからお姉さまの言う通りにやってみなさい」
「やってみなさいって言われて、はい、なんて簡単に答えられないってば。だいいち、その……悠貴くんが知らない女の人の誘いに乗っちゃうのも嫌だし」

「和真の話だと、悠貴は女の人に声をかけられてもいつも断ってるらしいから、簡単には落ちないでしょうね」
「誘いにのらないんじゃあ、この作戦に意味はあるの?」
「そこは悠貴だって男だし、好みの女性が声をかけてきたとなれば、誘いに乗るかもしれないでしょう」

 週末、珠里ちゃんに連れてこられたのは、珠里ちゃんのお友達がいる美容院。

「もう、つべこべ言わない。いい、麻莉亜。今日はここで大変身して、悠貴のヤツを振り向かせてみなさい」
「振り向かすって……」
「麻莉亜の言う大人の女になって、誘惑してきなさい」
「はあ……。なんか気持ち的に複雑なんだけど」

 とりあえず鏡の前に座らされ、髪を綺麗にアップに纏められメイクを施された。その後、美容院の奥にある個室で用意された服に着替えると、大きな鏡の前に立たされ、珠里ちゃんが後ろから声をかけてきた。

「ほら見て。ヘアもメイクもいつもとは違うし、これで大丈夫でしょう」
「えっ? これが私? メイクってすごい」
「麻莉亜は素材がいいんだから、当たり前でしょう」

 普段は背中まである髪を後ろでひとつに結いてシュシュを付けるだけの簡単な髪型で、メイクもナチュラルな感じにしかしていないので、見慣れない姿に自分で驚いた。

「どうよ。これなら悠貴を誘惑できるでしょう」
「でも、悠貴くんがどこにいるのか、私は知らないよ」
「そこも大丈夫。和真に悠貴を呼び出すように言ってあるから」
「和真くんと一緒にいるんだったら、邪魔できないよ」
「和真は行かないわよ。当然、キャンセルさせるから。そこにあなたが行って声をかけるのよ」
「はあ。それでもやっぱり声をかけられる気がしない」
「鏡を見て。いつもの麻莉亜じゃないのよ。麻莉亜の言う大人の女はそういうことしてるんじゃなかった? それに何かアクションを起こさなかったら、何も変わらないわよ」
「……わかった。やってみる」

 正直、誘惑なんてできる自信はないけど、珠里ちゃんがここまでしてくれたのに、何もしないなんて申し訳ないので勇気を振り絞った。

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