「好き」の2文字が言えなくて
和真くんと待ち合わせしているはずのバーの扉を開けて、悠貴くんを探す。
そろそろ和真くんが行けなくなったと連絡を入れてる頃のはず。
バーテンダーに「いらっしゃい」と声をかけられ、席を見るとカウンターの端に1人で飲んでいる悠貴くんを見つけた。
「ずっと妹という立ち位置のままでいいの?」と珠里ちゃんに言われて、ここまで来たのだけど、慣れないことをするのは緊張マックスで心臓がバクバクしている。
今までの関係を変えるんだ、そう思ってここに来たんじゃない。
一度深呼吸して、改めて気持ちを奮いたたせて、その一歩を踏み出した。
「お隣、よろしいですか?」
ウイスキーだろうか、琥珀色の液体が入ったグラスを見つめていた彼の視線が私に移った。
「あ、あぁ……どうぞ」
うん? なんだか変な間があったけど、とりあえず隣に座るのはOKだったみたいね。
「うふ、ありがとう」
にっこり微笑んでみせると、立ち上がった悠貴くんが席を引いて座らせてくれた。
なんて紳士的な行動をサラリとやってのけるのか、と感動する。
メニューを見て何を飲もうか迷っていると、隣に座る悠貴くんが尋ねてきた。
「何を飲むの?」
「こういう所は初めてで……。何がいいのかわからないんです。あの、何かお勧めはありますか?」
いつもとは違う他人行儀な悠貴くんに心臓がドキドキしているため、私はうわずった声で答えた。
「甘い方がいいのかな?」
「そうですね。甘めの方が好きです」
「そう、じゃあオレンジジュースは好き?」
「えぇ」
そう答えると彼がバーテンダーに何かのカクテルを注文してくれた。
「どうぞ、ごちそうしますよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいえ、お気になさらず。気に入ってくれると嬉しいな」
目の前に置かれたグラスに口をつけてみた。
「甘くて、本当にジュースみたいです。美味しい」
「よかった。大人の君に勧めるにはどうかなって少し考えたけど、合うと思ったんだ」
「本当に美味しいです」
「ちゃんとアルコールが入ってるから、飲み過ぎには注意してね」
他愛もない話を悠貴くんとできるなんて考えていなかった。
珠里ちゃんから聞いていた話とは違い、私の誘いに応えてくれて、しかも一緒に飲んでくれてる。
それもまた複雑なんだけど、いつもの私とではしないような会話をしてくれるのが新鮮だった。それに、瞳の奥に熱を持ったような視線で見られたことなんてない。それが私の気持ちをますますザワつかせた。
この贅沢な時間は嬉しいのに、悠貴くんが私だとわかっていないことが苦しい。私って本当になんて矛盾してるの、と自分で思った。
ギュツとグラスを握ったまま動きが止まってしまった私の様子を伺うようにして、悠貴くんが横から声をかけてきた。