「好き」の2文字が言えなくて
私には、仕事をがんばろうという気持ちの他に半分くらい邪な気持ちがあった。
それは入社して間もない頃、悠貴くんが私にこのプロジェクトのチームの状況を伝えてくれた時のこと。
「麻莉亜ならできると思う。入社早々で申し訳ないが、俺のチームに加わってほしい。頼む」
あの時、悠貴くんが私に「頼む」なんて頭を下げてきたのだ。ずっと子どもとして見られていた私は、初めて大人として認められたような気になり、それでメンバーになることを了承した。
だって、それにはおまけがあって、「新人には荷が重い業務もしてもらうようになるから」ということで休日にマンツーマンで指導してくれるなんて言うんだもん。
家庭教師をしてもらっていた時も2人きりで過ごしていたけれど、社会人になってからも2人で過ごせるなんて、と願ってもない話にふたつ返事で引き受けた。
大人になってから初めて過ごす2人きりの時間に、私のこの温め続けた恋心を伝えられるチャンスがあるかも。もしかしたら、恋人になれたりしないかな、なんて淡い期待を抱いて始めた勉強会。
「麻莉亜、ここ、ここ見て。このグラフの数値の変動が……」
「……」
悠貴くんの声に聞き惚れ、マウスを握る大きな手に見惚れていた私に声がかけられる。
「麻莉亜? ちゃんと聞いてる?」
不意に悠貴くんの手が額に伸びてきて、その美麗な顔が近づいてくる。
「うわっ! な、なに!?」
驚いた私は目をパチクリさせて、我に返った。
私の反応に逆に驚いた顔をした悠貴くんが伸ばしていた手を止めた。
「なにって、返事がなかったから、熱でもあるのかと思った」
「ね、熱はないよ。ごめんね、少しぼんやりしちゃった」
「いや、せっかくの休日なのに仕事の話ばかりで疲れたよな。少し休もう」
「あ、うん。私、お茶入れてくるね」
「一緒に行くよ。俺も久しぶりに麻莉亜のお祖父さんたちともお話したいし」
こうやって悠貴くんが私の家に来るのは、私が高校生の頃以来だった。
私の家は母と祖父母の4人暮らし。いつも仕事で不在がちな母だけれど、隣に母の兄家族がいるから、寂しいと感じたことはない。
その隣に住む従兄のお友達だったのが悠貴くんだ。だから、彼が高校生だった頃から家に出入りしていた。
リビングで祖父母と一緒にお茶をして、職場での私の様子を悠貴くんが語り、しばらくの間談笑していた。
その後も土曜日は私の部屋で二人きりの勉強会が続いた。