「好き」の2文字が言えなくて

 悠貴くんが私の様子を伺うようにして、顔をのぞき込んできたり、手を伸ばしてくるので、その度に私の鼓動は跳ね上がり、冷静ではいられなかった。

 そんな悠貴くんの行動にドキッとするたび、淡い恋心が燻りだし、このまま恋人になれないかな、と何度期待を抱いたことか。

 だけど、私が見つめ返すと、悠貴くんは途端に真剣な顔つきになり、業務内容や処理の仕方を説明しだした。
 それはまさに手取り足取りという状態でデータの見方、それらを分析しての資料の作成方法など、実践で作業ができたことはいい経験になった。

 悠貴くんの行動を勘違いしているのはきっと私だけだったんだと思い、がっかりしたのを覚えている。

「そろそろこの勉強会も終わりでよさそうだな」
 何回目かの勉強会のとき、悠貴くんがボソリと呟いたのが聞こえてきた。

「えっ? まだまだだよ。だって、まだメンバーの皆さんのアシスタントがきちんとできる自信ないよ」
「いや、十分だよ。もう、会議に参加しても何もわからないなんてことはないし、頼まれた資料も作れるだろう」
「そうかな……」
「大丈夫だ」

 悠貴くんが最高の笑顔で太鼓判を押してくれた。私はその笑顔を複雑な思いで見ていた。

 まあ、休日も返上で私に時間を割いていた訳だし、たぶん悠貴くんは自宅に戻ってからも仕事をしていたに違いない。これ以上は貴重な時間を私なんかにかけてはいられないということなんだろう。

 寂しい気持ちがあふれてきそうになり、無言になってしまったのは言うまでもない。

 すると、気落ちしている私の頭に悠貴くんの大きな手がのり優しく撫でてきた。いつだってこんな風に優しく接してくれる悠貴くん。

「そんな顔するなよ。これからは職場で毎日打ち合わせするんだぞ。それにこれだけのことができるなら、今度俺と一緒にクライアントとの打ち合わせも頼むようになる。今よりずっと一緒にいる時間は増える」
「う、うん。そうなんだ。じゃあ、私もっとがんばらないとね」
「あぁ、頼むよ」

 あぁ……私は本当にこの人のことが好き。なにを言われても、なにをされても嫌じゃない、そう思ってしまった。

 でも、私に向けられるこの瞳は、妹を見つめる優しい兄といったところなのだろう。
 ずっと一緒にいたい、いつも私を包んでほしい、そう願っているのは私だけなのね。

 私の気持ちだけが空回りしてることはわかっていたので、今は一緒にいられるだけで十分だと自分自身を納得させた。

 しかし、あれから本格的に忙しくなり毎日一緒ではあったけど、2人きりで過ごす時間がなくなってしまった。だけど、あの数日は私にとって嬉しいかけがえのない時間であったことは確かだった。

 そんな悠貴くんとの時間を振り返っている私は、無意識に悠貴くんを見つめていたらしく、久美さんの声で意識を戻された。

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