愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

よく晴れた雲ひとつない青空の下で、俺達は初めて沢山話をした。

最初は今更ながらの自己紹介から始まってそれから好きな食べ物だとかの下らない話に続いた。

学校や塾の事、クラスメイトの事、どんな下らない話でも柚葉はそれは楽しそうに俺の話を聞いてくれた。

そんな中で思わずこぼしたのは両親の事だった。

両親はほとんど家に帰ってこない事、家事は家政婦がしているから母親の手料理なんて食べた事がない事、家ではいつもひとりな事。

柚葉はそんな俺の話を真剣に聞いてくれた。

柚葉が真剣に、一生懸命に聞いてくれるからか俺は今まで誰にも話した事のない普段自分の中に溜め込んでいる事まで話していた。

「俺、両親の前はもちろん学校でもまわりが求める勉強も運動もそこそこに出来て誰とでも仲良く出来る桐生一哉を演じてる気がするんだ」

こんな事聞いたって柚葉も困るだけだ、そんな事分かっているのに俺の口からは次々に言葉があふれていく。

「俺、本当は誰とでも仲良くなんて性格してない。
そんな明るい訳じゃないし嫌いな奴だっているし。
でもクラスの奴等も先生もまわりは皆俺にそんな所があるのを知らないし、例え知ったとしてもそんな俺は認めてくれないし許してくれない」

一度出始めた言葉は止まらない。

それでもこんな惨めな自分を話す事に対する恥ずかしさからか俺は柚葉の顔を見る事が出来ず下を向いたまま話を続ける。

「でもたまに思うんだ、今俺がここでクラスで1番成績の悪い奴や運動が出来ない奴を嘲笑ったらまわりはどんな反応するんだろ、って。
いつも率先してそんな奴等をフォローして庇ってきた俺がそんな事したら、って。
まぁそんな事分かりきってんだけどさ。
……きっと俺に幻滅して嫌いになって俺から離れて見下すだけ。
勝手に作った理想の俺に裏切られたとか言ってさ」

渇いた笑いが口から漏れる。
そんな俺を柚葉は今どんな顔で見ているんだろうか。

「でも俺、今更本当の自分を出してまわりから外されてひとりになる勇気もないから。
だからこれからもずっとまわりが求める桐生一哉を演じていくだけなんだろうなー」

そう言って最後は自嘲気味に笑って柚葉を見る。


「え……、柚葉?」

柚葉は泣いていた。

悲しそうにただ涙を流していた。

その事実に酷く驚きながらも泣いている柚葉を前にどう行動するのが正しいのか、何て言葉を掛けるのが正解なのかも分からず情けなくただ狼狽える事しか出来ない。

「……大丈夫だよ、一哉君」

泣きながらもポツリとこぼしたひと言に俺はやっぱり何も言えないまま情けなく柚葉を見る。

「私の前では、演じたりしなくていいから」

「え……?」

「私はどんな一哉君でも幻滅したりなんてしない、離れたりなんてしないから……!」

そう言って俺の手を握る柚葉の手はやっぱり暖かくて俺まで鼻の奥がツンとくる。

「私、嬉しかったよ。
一哉君が今日ここに来てくれた事も。
私の事覚えてくれてた事も。
だから私は、私だけは本当の一哉君の事嫌いになんてならない、だから私の前では演じたりしないで!」

「……俺が嫌な奴でも?」

「うん」

少し試すような言い方だったのに、柚葉は間髪入れずにそう返してきた。

「誰だって裏の顔はあるよ。
でも一哉君はまわりのためにそれを出さずにまわりが求める一哉君を演じる。
それって優しくないと出来ないよ」

「俺が、優しい……?」

「うん、一哉君は優しい。
だけどそのせいで沢山辛い思いもしてる。
だから私の前でだけは優しくない一哉君でいいから」

そう言って俺の手を握る柚葉の手に力が入る。

「だから、友達になろう、一哉君。
私達ならきっと本当の友達になれるよ」

真っ直ぐに俺を見てそう話す柚葉は涙を流しながらも強い意思を見せていた。

茶色がかった猫の様な大きな目は涙のせいか太陽に反射してキラキラと光っている様に見えた。

こうして俺達は友達になった。
演じなくていい、本当の自分を見せられる本当の友達に。

だけど、ねぇ柚葉。

この時、柚葉は演じたりしてないなんて、
そんな事ひと言も言っていなかったよね。

今更気づいてももう遅いよな――。


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