愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

暑い夏が過ぎ涼しくなってきたと思ったら厳しい寒さがやってくる。

俺達は出会って最初の冬を迎えた。

相変わらず図書館で待ち合わせをして一緒に過ごした。
季節が過ぎても柚葉の母親からの暴力は無くならなかった。
ひとつの痣が消える頃には新しい痣が増えていく。

そんな環境から柚葉を救いたい一心で俺は家に来る様に提案したけれど柚葉は首を縦には振らなかった。

俺の家は両親はほとんど帰ってこないし家政婦がいる時間も朝の9時から14時までだ。
柚葉を家に呼んで住まわせてもバレないだろう。

万が一家政婦が遅くまでいても友達が遊びに来たって言えばいい。

両親は帰ってくる時には家政婦に伝えていて家政婦が俺にも伝えてくるからその時だけ柚葉は別の所に匿えばいい。

そうしたら柚葉は母親の暴力から逃れる事が出来る、そう思った俺は何度も柚葉に家に来る様に言ったが柚葉は困った様に眉を少し下げて笑うだけだった。

『一哉君に迷惑かける訳にはいかないから』

そんな事ない、迷惑なんて絶対にない、
そう訴えても柚葉が首を縦に振る事はなかった。

『それに私がいなかったらお母さん困るだろうから。
ひとりで何にも出来ないから』

そう言った柚葉の言葉の意味が分からなかった。

大人がひとりで何にも出来ない?

そんな事ある訳がない、そう思っていたけれど柚葉の母親は父親を亡くした事や真逆に変わってしまった生活に心を折られ家事を全くしなくなってしまったらしい。

そしてストレスから浴びる様に酒を飲み、柚葉へ暴力を振るう。
仕事はたまに夜飲み屋で働く位であまりない稼ぎは母親の酒代に消える。

生活費の命綱は生活保護しかない、それなのにその生活保護費さえも気をつけておかないとあっという間に母親が使ってしまう。

だから柚葉が家の事もお金の事も全て管理しなければいけない。

そんなの間違ってる、柚葉がそんな苦労する事なんてない、柚葉は幸せになるべきだし、その幸せを俺が用意出来るならこれ以上ない位に俺も幸せだ。

何度そう話したか分からない。
だけど柚葉の答えはいつも決まっていた。

『お母さんをひとりに出来ないから』

正直理解出来なかった。

何で自分を苦しめる相手にそこまで情を持てるのか。
俺ならさっさと見捨てる。
そして新しい人生を生きていく。

なのに柚葉はそんな母親にさえも愛情を示し見捨てず自分の幸せも自由も犠牲にして母親に尽くしている。

……この時から俺は既に柚葉の母親に対して嫌悪感や憎しみという柚葉とは正反対な感情を抱いていた。

俺にとって柚葉の母親は最早敵だった。
柚葉を苦しめ痛め付け、そして独占する。
柚葉が天使なら柚葉の母親は悪魔だ。

そんな悪魔に対して殺意が芽生えているのも感じていた。

それでも柚葉が母親に対して愛情を持っていて、母親からの愛情も求めているのも分かっていたから我慢した。

せめて俺と一緒に過ごす時間だけは苦しみや痛い思いはしない様に、
柚葉が笑っていられる様に、それだけを考えて柚葉の母親に対する嫌悪感も憎しみも殺意も胸の奥に閉じ込めた。

だけど、そんな我慢が崩れる日がやってくる。

もうすぐクリスマスだと大人も子どもも街中も浮かれている、そんなありふれた日常を壊すかの様に、その日は足音も立てずに俺達に近づいていた。

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