愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

日は沈みすっかり暗くなった空の下を俺は柚葉の手を引いて歩く。

冷えきった柚葉の手は微かに震えている。
顔を上げずに俯いたまま俺に引かれて歩く柚葉にはいつもの様な笑顔はない。

微かに見えるのは口をぎゅっと閉じ目に涙をためている柚葉の顔。
それは必死に泣くのを我慢しているかの様な表情で俺まで泣きたくなって胸が苦しくなる。

何も言えなくてただ柚葉の手をぎゅっと握り家への道をゆっくりと歩いた。

家に着き柚葉をリビングへ案内する。
ここでも遠慮する柚葉を半場強引にリビングのソファーに座らせる。

「救急箱取ってくるから待ってて」

そう伝えて急いでリビングを出て救急箱を取りに走る。
戻ると柚葉は落ち着かない様子でまわりをキョロキョロと見渡していた。

「少し痛いかも知れないけど……」

そう言いながら消毒液を浸したガーゼを柚葉の切れて血が滲む唇の横にそっと当てる。
やっぱり痛いのか、柚葉は痛そうに身体を強張らせ顔をしかめる。

「ごめん、でも化膿したらいけないし少し我慢して」

「うん、大丈夫。
……ごめんね」

「……何で、柚葉が謝るんだよ」

本当に申し訳なさそうに謝る柚葉に胸の奥が握り潰された様に痛くなる。

いつもそうだ、柚葉はいつも謝る。
柚葉が悪いんじゃないのに、悪いのはあの悪魔なのに。
あの悪魔が柚葉をいつもいつも苦しめて泣かせて、笑顔を奪う。

殺したい、あの悪魔を。
あんな奴、生きる価値なんてないんだから。

「……まずは髪だね、俺じゃあんまり上手く出来ないかも知れないけど今よりはマシにするから」

そんな暗く黒い感情を胸に無理矢理押し込めて俺は柚葉の髪をとる。
不揃いに切られた髪は俺の手をするりと落ちていく。

「とりあえず真っ直ぐに切り揃えるから、明日美容院でちゃんと切ってもらおう。
このままじゃ美容院にいっても何か言われるかも知れないし」

「……うん、ありがとう」

柚葉の言葉を合図に少しずつ髪を切り揃えていく。サラサラとこぼれ落ちていく髪の毛すらも愛しい。

「はい、出来たよ」

そう言って柚葉に鏡を渡す。
柚葉は鏡にうつる自分に驚いた様な顔で俺を見る。

「凄い、凄いね一哉君!あんなにガタガタだったのに凄く綺麗になってる!」

嬉しそうにキラキラとした顔で笑う柚葉を見て俺は安堵からか足の力が抜けたみたいにそのまま床に座り込む。

「一哉君?」

「……良かった……」

「え……?」

「柚葉、やっと笑ってくれた……」

それは今日初めて見た柚葉の笑顔だった。

自分の髪を触りながらキラキラとした笑顔の柚葉に俺はどれだけ安堵したか。

「……俺、柚葉が笑ってくれるなら何だって出来るよ」

「……それは、お母さんを殺す、って事……?」

柚葉の言葉に俺の心臓がドクンと大きな音を立てた。
まさか柚葉からそんな事を言ってくるなんて思わなかった。

柚葉を見ると、柚葉は真剣な顔で真っ直ぐに俺を見ていた。

赤く腫れた頬、傷が目立つ唇の端、そして短くなった髪。

そのどれもが俺に再び殺意を認めさせるのに十分だった。

「……うん、あいつは俺が殺すから。
だから柚葉はずっと笑っててよ」

そう、柚葉はずっと笑ってたらいい。
俺の隣で、ずっとずっと。

「……嬉しい、一哉君」

そう言って柚葉は俺に腕を伸ばしてきて俺を抱きしめた。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だけど肌に感じる暖かさで理解が追い付いた。
俺は今、柚葉に抱きしめられている。

「ゆ、柚……」

「でも駄目だよ、殺したら」

俺の言葉を遮ってそう言う柚葉。

「一哉君を巻き込みたくないの。
殺したりなんかしたら一哉君、きっとずっとずっと後悔するよ。
私なんかのために人生台無しにしちゃ駄目だよ」

「そんな事ない!
後悔なんかしない!
俺は柚葉が笑ってくれたらそれだけでいいんだ!」

「大丈夫、私には一哉君がいるから。一哉君がいてくれたら笑えるから」

そう言って緩やかに笑う柚葉を見ると何も言えなくなってしまう。

そんな俺を柚葉はさっきより少し強く抱きしめて言った、

「大好きだよ、一哉君」

そのひと言に俺はあの悪魔へのどうしようもない程に膨れ上がった殺意を改めて感じた。

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