愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

夢を見ていた。

夢の中では柚葉が屈託なく笑っていた。

唇の端の痛々しい傷もなくて頬も赤く腫れてなくて、そして短くなっていた髪は胸下辺りで風に靡かれてサラサラと緩やかに波打っていた。

降り注ぐ太陽の下で無邪気に走り回り笑う柚葉。

ああ、柚葉は本当に太陽がよく似合う。
いつも明るく暖かい優しい柚葉は俺の太陽で天使だと改めて思う。
俺を照らし、俺を導く。

そんな柚葉が俺に笑顔で手を差し出した。

陶器の様に白く細い手を掴もうとしたその時、柚葉の後ろから目を開けていられない程の光が射し込み俺は思わず手を引いた。

次に目を開けると見慣れた自分の部屋の天井が目に入った。

「あ、起きた?」

耳にふわりと優しく響いてきた声に俺はゆっくりと身体を起こして窓際に立つ柚葉に顔を向ける。

「おはよう、一哉君!」

カーテンを開けて窓から降り注ぐ太陽を浴びながら緩やかに笑ってそう言った柚葉の顔は、唇の端はやっぱりまだ傷があるし頬の赤みも腫れも昨日よりは引いているけれどやっぱり痛々しくて、そして髪は肩辺りで切り揃えられている。

「おはよう、柚葉」

それでも朝起きて柚葉が俺と一緒にいてくれる事が、起きて1番に柚葉の存在を感じた事が、
柚葉が1番に俺に笑顔を見せてくれた事が凄く凄く、嬉しくて。

俺はベッドから降りて柚葉の立つ窓際まで歩き、柚葉の存在を確かめる様に、自分に刻み込む様に柚葉の手を取った。
夢では掴めなかった、柚葉の手を。

「どうしたの?」

不思議そうな顔で俺の顔を覗き込むように見てそう言った柚葉の手はやっぱり暖かい。
その暖かさが俺に柚葉の存在を刻み込む。

「うん、柚葉がいるなぁって、確認?」

「何それー?私はここにいるよー」

眉を下げて笑う柚葉につられるように俺も笑う。

「ねえ柚葉、今日は遊園地にいこう」

「え?でも私、お金……」

「父さんが遊園地のチケットくれてるんだ。
食事のクーポンも付いてるからお金の心配はいらない。
せっかく天気もいいし、ね?
あ、髪も綺麗に切りにいこう。
美容院予約しとくよ」

柚葉の言葉を遮り少し早口でまくし立てる。
柚葉に断る隙を与えないように。

「そうと決まればまずはご飯だね、リビングいこう」

何か言いたげな柚葉の手を引き俺はリビングへと歩く。

「キッチンにある物は好きに使っていいんだ。
使った物は全部家政婦がチェックして補充してくれるから。
柚葉は朝はパン?ご飯?」

「あ、私作るよ!
泊めてもらった上にこんなに良くしてもらったんだもん。
何かしなきゃバチが当たっちゃう」

そう言って柚葉は俺をソファーへ促してキッチンで料理を始めた。

昨日一緒に料理したからか調理器具や調味料の場所はある程度把握しているのか、戸惑う事なく手慣れた様子でフライパンを出し、卵やベーコンを焼いていく。

そんな光景を見ながら何だか新婚夫婦みたいだ、なんてふと思って顔が赤くなるのを感じた。

「お待たせー!」

そんな俺の勝手な想像なんて知るよしもない柚葉はまた手慣れた様子で出来上がった物をダイニングテーブルへ並べていく。

目玉焼きにベーコン、ミニサラダ、こんがりと焼かれたパンが並ぶ。

「簡単でありきたりな物でごめんね、家政婦さんならもっと豪華で美味しそうな物作ってくれるんだろうけど……」

「そんな事ない、柚葉の作る物なら俺には1番のご馳走だよ」

俺の言葉に少し照れ臭そうに、だけど嬉しそうに笑う柚葉。

「じゃあ食べよう、柚葉も座って」

「うん!」

柚葉とふたりで食べるご飯は凄く美味しいし、楽しい。

思えばこんな風に誰かと一緒に朝ごはんを食べるなんて滅多にない。
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両親が気まぐれに帰ってきても俺が朝ごはんを食べる前には父親は家を出ているし、母親は起きてもこない。

「ひとりじゃないご飯ってそれだけで美味しいし楽しいね」

ふとそうポツリとこぼした柚葉に俺はフォークを動かす手を止める。

「あ、ごめんね急に。
でも本当にそう思ったから……」

「俺も、思った」

「一哉君も?」

「うん、柚葉とふたりで食べるご飯って凄く美味しくて、楽しいなって」

「……ふふ、嬉しい!
やっぱり私たち、似てるね!」

そう言って緩やかに笑う柚葉に降り注ぐ様に窓から太陽の光が差し込んだ。

その光がまるで柚葉のこれからを祝福する光に思えて、だけどその反面柚葉を連れていってしまう光にも見えて俺は鼻の奥がツンと痛くなった。

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