愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「一哉君!次はあれに乗ろう!」

雲ひとつない青空の下で、柚葉が楽しそうに無邪気に笑顔で走り回り俺を呼び手を差し出す。

そんな柚葉を見てまるで今日見た夢の様だ、なんて思いながら今度はしっかりと柚葉の手を掴み一緒に走り出す。

切ったばかりの髪が肩より少し上の辺りでサラサラと風に靡いている。

美容院も遊園地も遠慮する柚葉を半ば強引に連れてきたけれど、今の柚葉は凄く楽しそうにしている。

そんな柚葉にホッと胸を撫で下ろして俺達は遊園地を満喫する。

俺達位の子どもはほとんどが家族で来ているからかたまに怪訝そうな顔で見てくる人もいた。

だけど、そんな目も吹き飛ばす程の力が柚葉の笑顔にはある。

「見てみて!一哉君!あれ、図書館だよ!」

最後に乗った観覧車で柚葉は嬉しそうに窓から指をさす。

「本当だ、こんなちゃんと見渡せるもんなんだ」

頂上に近づくにつれて俺達の住む街が見渡せる程の景色に俺も思わず窓の外を見る。

「あの日、一哉君と出会えて本当に良かったなぁ。
毎日楽しくなっちゃった」

少し懐かしそうに目を細めてそう言って柚葉は俺を真っ直ぐに見て笑った。

「俺もだよ、柚葉は俺の世界を変えたよ。
俺、柚葉に会えなかったら今でも自分を演じて両親みたいに仮面を張り付けて生きてたと思う」

「大袈裟だなぁ」

可笑しそうに笑う柚葉につられて俺も笑う。

だけど本心だ。

柚葉との出会いは俺の人生で1番の奇跡だ。
だからこそ、あの悪魔をこのまま野放しに出来ない。
あの悪魔の元に柚葉を置いておけないんだ。

「楽しかったねー!」

遊園地を出て俺達は手を繋いで夕焼けの空の下を歩く。

本当に楽しかったと何度も言う柚葉に俺は確かな満足感を得ていた。
俺が柚葉が楽しませた、柚葉を笑顔にさせた、
その事実が嬉しかった。

夕焼けの下で明るく茶色ががった大きな瞳はいつもより透明感があって吸い込まれそうだ。

短くなった髪は相変わらずサラサラと気持ち良さそうに揺れている。

繋いだ手は少し冷たい。
そんな柚葉と歩きながら俺は不意に泣きたくなって思わず空を見上げた。


「今日は本当にありがとう!」

アパートの前でそう言って手を振る柚葉に手を振り替えして俺は柚葉が家に入るまでその場に立ち尽くして柚葉を見ていた。

ドアに手をかけて家に入る前にもう一度俺を見て手を振ってくれる柚葉に俺はただ柚葉を見る事しか出来なかった。

柚葉が家に入ってしまった後も俺はその場を動けずにいた。

本当は柚葉を帰したくなんかなかった。
だけど一度帰らないとお母さんが心配だからと柚葉は譲らなかった。

『お母さんいつも週末は家にいないの、それにどれだけ怒っても1日経てば怒りは収まるのがいつもの事だから大丈夫だよ』

そう言って困った様に笑う柚葉をそれ以上困らせる事が出来なくて俺は渋々納得した。

出かけているなら今日は柚葉が危害を受ける事はないだろう、
それに明日も会う約束はしている、だから大丈夫。

明日は渡しそびれたプレゼントも渡そう、そんな事を考えながら俺はその場から離れようと踵を返した瞬間、人にぶつかった。

「すみま……」

咄嗟に口から出た言葉は最後まで言い終わる事なく喉の奥で止まった。

ぶつかった『それ』が何か気づいた瞬間、心臓がドクドクと早く大きく動く。
背中には嫌な冷や汗が流れていったのが分かった。

『それ』は軽く俺を見て小さく舌打ちしてそのまま歩いていきさっき柚葉が入っていったアパートの一室に入っていった。

心臓も脈も自分の物じゃないみたいにうるさく痛い位に大きく動いている。

……あれは、悪魔だ。
柚葉を傷つけ痛め付け泣かせる、悪魔。

どうして?
週末は家にいないんじゃ……?

ぐるぐると頭の中が回り出す。

どうして?何であれが帰ってきた?
柚葉は?
柚葉は大丈夫?

怒りは1日経てば収まるとは言っていた。
だけど毎回そうだとは限らない、もし今日も機嫌が悪かったら?
柚葉、柚葉、柚葉……。

気がつけば俺はアパートの階段を上がり柚葉の家のドアの前に立っていた。

心臓は相変わらずうるさくて痛くてたまらない。
息の仕方を忘れたみたいに苦しい。
背中を流れる冷たい汗が気持ち悪い。

ついさっきまで夕焼け色に包まれていた空は段々と暗闇に染まっていく。

ただでさえ人通りがあまりない道にあるアパートな上、空室も多く唯一入っている部屋の住人も夜は仕事やら何やらでいない事が多いから夕方辺りからまわりは静かなんだと以前柚葉に聞いていた。

確かにまわりの生活音や雑音が耳に響いてこない。
お陰で少しドアに耳を近づけるだけで微かに家の中の様子が聞こえてくる。

「……あんたが………!」

微かに凄く嫌な耳障りな悪魔の声が聞こえる。

「………んだよっ!………あんたが……!」

ドア1枚隔てているせいで聞き取り辛く全ての会話は聞こえないけれど、悪魔が柚葉を責めているのは分かった。

このままじゃ柚葉がまたあの悪魔に……!

そう思った瞬間、俺はドアに手をかけた。
鍵をしていなかったドアはすぐに開いた。

ドアを開けた瞬間目に飛び込んできたのは、
悪魔が柚葉に馬乗りになって奇声を発しながら手を振り上げているところだった。

「あんたが!!あんたさえいなけりゃ……!」

俺に気づかず尚も柚葉に叫び続ける悪魔を前に、俺の中の何かがプツンと音を立てて切れたのが分かった。

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