愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

何かがプツンと音を立てて切れる、なんて誇張し過ぎた表現だと思ってた。

だけど、実際に自分が体験したら本当にそうとしか表現出来ないのだと気づく。

身体中から怒りがとめどなく沸き上がり溢れでた途端にプツンと切れる。
それはきっとギリギリで保っていた理性の糸だ。

その後の行動には冷静さだとか何もない、ただ底知れぬ程の怒りや悔しさ、人によっては悲しみとかもあるだろう、そんな自分の中の溢れんばかりの感情に身を委ね行動を起こす。

「柚葉に触るな…!!」

そう小さく叫んで俺は柚葉に馬乗りになっている悪魔を思いっきり突き飛ばした。
その勢いで床の上にゴロゴロと醜く倒れ込んだ悪魔から引き離す様に柚葉の手を取る。

「か、一哉君……?」

驚いた様に俺の名前を呼ぶ柚葉は恐怖に満ちた表情をしている。

もう大丈夫だから、
俺が柚葉を守るから、
そう思いながら柚葉を立たせ様とした瞬間、後ろから腕を引かれて今度は俺が床に押し倒される。

油断した…!そう思った時には俺は悪魔に馬乗りになられていた。

「何なのあんた!
何で邪魔すんの!」

ヒステリックに金切り声を上げる悪魔。耳に酷く響き頭が痛くなる。

「一哉君!」

泣きながら俺の名前を叫ぶ柚葉は俺を助けようとしているのだろう、悪魔を必死で俺から引き離そうと悪魔の腕を引っ張っている。

「離しなさい!
あんたが……!
あんたさえいなけりゃ……!」

相変わらずヒステリックに叫びながら柚葉の腕を振りほどこうと暴れる悪魔、俺の目にはこの世のモノとは思えない程に醜くうつる。

「ほんとに……、あんたさえいなけりゃ良かったのに……。
柚葉、あんたは悪魔だ!」

……はっ?何を言ってんだこいつ……。
悪魔はお前だろ……?

「この悪魔!!」

尚も柚葉に向かってそうヒステリックに叫んだ声を聞いた瞬間、俺は自分の中にある渾身の力を込めて悪魔をもう一度思いっきり突き飛ばした。

「ぐっ……!!」

ガツンとした鈍い音と共に低い呻き声が耳に響く。

馬乗りになられていたからか身体が痛い。
そんな状態で無理に力を振り絞った反動で息がゼエゼエと上がり苦しい。

「お母、さん……?」

そんな俺の耳に届く柚葉の震える様な声。

今だにゼエゼエと上がる息を押さえ込んで目の前に広がる光景を見ると、頭を抱えて床に倒れている悪魔とその悪魔の横で青白い顔をした柚葉が目に入った。

「お母さん……?
お母さん!」

悪魔の身体を揺すりながらそう叫ぶ柚葉のまわりには血が流れてきていた。

流れる赤い血、ピクリとも動かない悪魔の身体、そして泣きながら悪魔を呼ぶ柚葉。

何が起こったのか、すぐには理解出来なかった。
だけど……




……俺が、殺した。




そう頭が理解した瞬間、身体が震えた。

押さえようと身体を両腕で抱えても震えは止まらない。

どうして……?
殺したかったはずだろう?

柚葉を傷つけ痛め付け苦しめ泣かせる、そんな悪魔を俺が殺して柚葉を守るって決めたじゃないか。 

それが今、叶ったんだ。
俺はやったんだ。

これで柚葉はもう傷つく事も痛め付けられる事も苦しめられる事も泣かされる事もない、
これからは何にも怯える事なんてない、
これからはいつも一緒にいられる、
これからはずっとずっと一緒にいられるんだ。

俺がずっと望んでた、そんな願いが
叶うんだ。

なのに、何で、何で……
涙が止まらないんだろう?

震えも涙も止まらないまま、俺はただその場から動けずにいた。

それは人を殺してしまった恐怖からなのか、
罪悪感からなのか、
今の俺には分からなかった。

そこにあるのはただ、
俺が人を殺したという現実だけ――。

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