愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

熱も下がり幾分か体調が良くなったのは、あの日から5日も経った後だった。

母さんは俺の熱が下がるまでずっと俺のそばにいて俺の世話を焼いてくれた。

こんなに長い間母さんが家にいるのも、俺と過ごすのもどれ位ぶりだろうか。

母さんの話した通りに俺は物心つく頃には家政婦に育てられていたから母さんと長い時間過ごした記憶が正直なかった。

だけど遠い昔、母さんの優しさにずっと触れていた事が確かにあった事をこの5日の間に思い出した。

嬉しかったけど、心配もあった。

俺に近づかない様に桐生の家の人間や家政婦に指示してたのは父親だ。

父親が今の状況を知ったら俺はまた母さんと引き離されるんじゃないか、そう思ったら怖かった。

だけど、家政婦の三上さんがこっそり教えてくれた。
自分にとって母さんは恩のある人だから、自分は母さんと俺の味方だと。

そして母さんは外に男をつくって貢いで好き放題なんて決してしていない、俺の事もいつも凄く気にかけていて毎日三上さんに俺の様子を聞き、どんなに小さな事も凄く嬉しそうに話を聞いていたのだ、と。

本当は普通の母親の様に毎日俺といたかったが父親は跡取りである俺を母親の好きにされるのを嫌がり近づかせてくれなかった、
俺に近づこうものなら母親の実家への援助を一切打ち切る、そう言われていた母親は実家からも強く父親に逆らわない様に言われていたため板挟み状態で長年俺に近づけなかった。

だけど俺ももうそれなりに成長し父親の思う通りに育ち、そして母親は俺の事も家の事も家政婦に任せっきりで不倫三昧の人だと父親の思惑通りに思い込んでいる事を確信して最近は俺に近づかない様に指示する事はなくなったそうだ。

今更母さんが俺に近づいても何にも変わらない、そう思ったんだろう。

馬鹿だな、どれだけ幼い子どもでも赤ん坊でも、母親から本当の愛情を注がれていたら記憶の奥底にはちゃんと残っていて再びその愛情に触れたら思い出すのに。

……もしかしたら父親はそんな愛情を受けた事がないからもう俺を完璧に自分の思う通りに動かせると思っていたのかも知れないけれど。

「あら、出かけるの?」

着替えてリビングに入った俺に少し驚いた顔をして母さんがそう聞いてきた。

「うん、もう体調もいいし図書館に本も返却にいかなきゃいけないし」

「図書館に通ってたの?初耳だわ」

「私も初耳です。
言って下さればわざわざ借りなくても買いにいきましたのに……」

母さんは意外そうに、三上さんは申し訳なさそうにそう話す姿に俺は慌てて否定する様に両手を振りながら話を続ける。

「あ、違うんだ別にどうしても欲しいとか読みたいとかじゃなくて……!
ただ、偶然凄く雰囲気のいい図書館を見つけたからちょっと通ってただけなんだ」

俺の様子にふたりは顔を見合わせて笑い合った。

そっか、母さんも三上さんもお互いにちゃんと信頼しあっているんだな、そんな雰囲気が伝わって安心した。

……せっかくこれから母さんと三上さん、そして俺の3人で仲良く楽しく過ごせたかも知れないのに、そんな未来を壊したのは俺だ。

だけど、もう柚葉には俺しかいないから。

柚葉の唯一残されていた母親を殺したのは俺だから。

だから、俺、責任取らなきゃ。
母さんを泣かせるけれど。

俺が自首したら父親は必死で揉み消そうとするだろう。
柚葉に大金と今後の生活の保証を持ちかけるかも知れない。

そうなればいいな。
俺は捕まって柚葉は今後の生活にお金と不安もなく好きに生きていける。

それが俺に出来る唯一の罪滅ぼしだから。
それだけしか、俺には考えられないから。

「いってきます」

母さんと三上さんを交互に見て笑顔でそう告げる。
本当はちゃんとありがとうとか伝えたいけれど、変に怪しまれてもいけないし。

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ」

ふたりも笑顔でそう言って送り出してくれる。

……泣きそうだ。

だけど、俺にはもう泣く権利なんてないから。

ありがとう、母さん。
ありがとう、三上さん。

ごめんなさい、母さん。
ごめんなさい、三上さん。

……待ってて、柚葉。

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