愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

もしかしたら柚葉は来ないかも知れない。

それでも必ず図書館に行くと言っていた柚葉の言葉を信じるしか出来ない俺は図書館への道を歩く。

出会った時はまだ本格的に暑くなる前だった。
今はもう寒い冬。

街中は明日に迫ったクリスマスイブに向けてこれでもかとイルミネーションに彩られ、歩く人達はどこか忙しなく、だけど期待に満ちて浮き足立っている。

……家から出なかった5日間、新聞はくまなく読んでいた。

俺が犯した殺人が載っているんじゃないかと気が気じゃなかったから。

見つけた記事は注意して見ないと見落としそうな程に1番下の隅にひっそりと小さく載っていた。

そしてそこに書かれていたのは、事実とは違う事だった。

【アパートに住む35歳の女性が頭を強く打ちつけ死亡、痴情のもつれか?】

なんて書かれていた。
発見、通報したのは一緒に住む女子児童、そしてその児童は家から慌てたように走り去る男を見た、とも。

恐らく柚葉が俺を庇うために嘘の証言をしたのだろう。

ごめん、柚葉。
嘘をつかせて。

嘘をつくって、凄く苦しい。
後から鉛の様に凄く凄く重く身体に心にのし掛かる。

これ以上、柚葉を苦しめる訳にはいかない。

だから、本当の事を話そう。
例えもう、柚葉の隣にいられなくても。

図書館に着き一歩一歩、踏みしめる様に足を進める。
長く息を吐き、ドアに手をかける。

その時、だった、

「一哉君」

少し高く、スッと心に入ってくる穏やかで優しい声が耳に柔らかく響いた。

ゆっくりと振り替えると、そこにはやっぱり緩やかに微笑む柚葉が立っていて、
そんな柚葉の姿に、声に俺は既に胸がいっぱいで泣きそうになっていた。

「……柚葉」

ゆっくりと、その存在を確かめる様に名前を口にする。

「2回目に会った時と同じだね、一哉君、そうやって私の名前呼んでくれた。
ねぇ一哉君、本当はあの時私だって分かっててわざと意外そうな顔をしたでしょう?」

そう言って少し無邪気に笑う柚葉に俺も連れる様に泣き笑いみたいに笑う。

「分かってたんだ?」

「うん、だって一哉君、私を見て嬉しそうな顔してたから」

……ああ、本当に柚葉には敵わない。

そうだよ、嬉しかった、柚葉が俺の名前を覚えてくれていた事が。

柚葉が俺の名前を呼んでくれた事が。
柚葉に、また会えた事が。
俺はたまらなく嬉かったんだ。

「今も、私を見て嬉しそうな顔してる」

そう言って俺の頬にゆっくりと両手を添えて真っ直ぐに俺を見て、柚葉は笑った。

嬉しそうに、だけど少し、
悲しそうに――。

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