愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

冷たい無機質な空間に少年は長く息を吐いた。

「これが、俺の初めての殺人です。
俺は小学生の時に身勝手な感情で柚葉の母親を殺しました。
そして柚葉に警察には嘘の証言をする様に強要しました。
じゃなきゃ次は柚葉を殺すって。
そんな俺を恐れて柚葉はまんまと警察に嘘の証言をしてくれました。
おかげで俺は何の罪にも問われずそのまま中学、高校と進みました」

淡々と述べる少年の言葉に嘘が含まれている様には思えないだろう。

現に記録をしている刑事はピクリと眉を潜めた。
少年に対する嫌悪感を表すかの様に。

だが、少年と向き合って話を聞いていた刑事は違う様だ。

少年を真っ直ぐに見据えて言葉を吐き出す。

「嘘だな」

鋭くつき放ったひと言に今度は少年が僅かに眉を潜める。

「今の君の話を要約すると、君は自分というひとりの人間、桐生一哉自身を見て理解してくれた冬野柚葉に恋い焦がれ、その想いが強すぎて彼女を一方的に苦しめていた彼女の母親を殺した、って事になる」

「そうですよ、嘘偽りもない、それが真実です」

「私が嘘だというのはその後だ」

確信があるかの様にそう言い切る刑事に少年は動揺したのか。
少し焦りを見せながら刑事に詰め寄る。

「嘘なんて何もないですよ。
俺は柚葉が好きだった。好きで好きでたまらなくてひとりじめしたくて柚葉を所有物の様に独占して虐待をする母親を殺した。
そして捕まるのが嫌で柚葉にも嘘をつくように強要した。
全て俺の身勝手な感情からの行動です。
これのどこに嘘があると言うんですか?」

早口でそう捲し立てる少年の様子に刑事は表情ひとつ変えず、相変わらず冷静に言葉を吐く。

「じゃあひとつずつ説明していこうか、
まず冬野柚葉の母親の死因からだ。
君は冬野柚葉の住むアパートを尋ねたら彼女が母親から暴力を受けている現場を目撃、思わず思いっきり母親を突き飛ばしてその勢いで母親は頭をぶつけて亡くなったと言っていたね?」

「そうです、柚葉に暴力を振るうあの女を見て頭にカッと血がのぼって思いっきりあの女を突き飛ばしました。
その後血を流しながら頭を抱えてうずくまってて、少ししたら動かなくなってた。
だから……」

「そこが違うんだ」

少年の言葉を遮りそう言い切る刑事は身体を前のめりにし少年に近づく。

「冬野柚葉の母親の直接的な死因は首を締められた事による窒息死だ」

「……え……?」

一瞬でその場の空気が凍った。

「最初から死因は頭を強く打ち付けた事によって出来た傷からの出血の多さから出血多量によるショック死か、絞殺による窒息死かのどちらかだと思われた。
首にうっすらと何か細い紐の様な物で締められた跡が残っていたからね。
ただ現場の出血の多さで警察は出血多量によるショック死だと早々に発表したんだ。
新聞、マスコミ各社もそう報道していたから君が自分が殺したと思うのも無理はない。
しかしその後の詳しい捜査や解剖の結果、直接的な死因は窒息死だと判明した。
しかしその事実は新聞もマスコミも後追いで報道する事はなかった。
世間は次々と出てくる新しいニュースに夢中で小さな事件の直接的な死因に興味を示さないからね」

刑事の言葉に顔色がどんどん悪くなる少年。

そんな少年の様子を気にかける事もなく刑事は更に話を詰めていく。

「君が冬野柚葉の母親を突き飛ばし、その勢いで頭を強く打ち付けて頭から血を流して倒れたのは本当だろう。
君はその状態を死んだと勘違いした。
しかし彼女はただ一時的に気を失っていただけだった。
……さあ、ここからが本題だ、
冬野柚葉の母親の首を絞めて殺したのは、
誰だと思う?」


真実を知った少年は今、何を思うのか。

何もない天井を見上げて、小さく、長く息を吐き両手で顔を覆った。

「……刑事さん」

「何だ?」

「俺達は、自分達の正しい道を進んだんですよ。
あの時からずっと」

「……君の言う正しい道を進んだ結果が、
冬野柚葉の死、なのか?」

「はい」

そう言った少年の表情は先程とは打って変わって穏やかになっていた。

「ずっと一緒にいました。
だって俺達は同じ罪を背負っていましたから」

同じ罪を背負って、
少年と少女は生きていたのか。

少女が死ぬまで――。

「……聞かせてもらおうか、
君達の罪と、冬野柚葉の死について」

刑事の言葉に、少年はやはり穏やかに微笑んだ。

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