愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

第2章 かけがえのない友、近づく真実①

「新入生代表、冬野柚葉」

広く静かな体育館にマイク越しに響く柚葉の名前。

「はい」

控え目に、だけど凛と澄み渡る柚葉の声。
そのまま壇上へと上がり真っ直ぐに背すじを伸ばし前を見る柚葉に一瞬静かな空間がざわついたのが分かった。

そんな事気に止める事もなく粛々と言葉を述べる柚葉から俺は目を離せない。

「綺麗な子……」

不意に横から聞こえてきた声は思わず漏れ出た言葉だろう。

現に声が聞こえてきた方をチラリと見ると女子生徒が恥ずかしそうに少し顔を赤くして、それでも目が離せないのか真っ直ぐに柚葉を見ていた。

いや、見とれていたという方が正しい。

柚葉と出会い、一緒に過ごす5回目の春がやってきた。

あれから俺達はずっと一緒に過ごした。
両親共に亡くし、肉親もいない柚葉は当初施設に入る事を検討されていたが、ただひとり柚葉を引き取りたいという人が現れた。

亡くなった父親の幼なじみだという女性だ。

昔は家族みんなでよく遊んでいたらしく柚葉の事を本当の娘の様に可愛がってくれていたというその女性は父親に続き母親まで亡くし天涯孤独となった柚葉の境遇を知り海外から戻ってきて柚葉を引き取った。

身内でもひとりの女の子を引き取るなんてかなり躊躇する事だろうに、ただの幼なじみの人の娘なんて引き取りたいなんて思うのだろうか、なんて疑問だし不安だった。
だけど、柚葉は安心した様な笑顔でその女性の元に引き取られ一緒に住む事になった。

『私が小さい時から本当に私の事を可愛がってくれてたの。
私にとってもうひとりの本当の母親みたいな人なんだ』

そう言って笑う柚葉に俺の中にある疑問や不安は少し小さくなった。

実際にその人と一緒に暮らしだしてから、柚葉は楽しそうに笑う事が増えた。

独身でバリバリのキャリア・ウーマンだというその人は毎日忙しく働く中いつも柚葉の事を気にかけ、どんなに忙しくても朝食だけは必ず一緒に食べ、夕食も出来る限りは一緒に食べる様にし、毎日会話をする時間を必ず作ってくれたらしい。

将来の選択肢を増やすために勉強をするのは大事だし、その環境に身を置く事も大事だと言い、柚葉の勉強を見る時間も作り柚葉が望むならなんでも習わせるという考えらしく、いつも柚葉のやりたい事や希望を聞いてくれた。

元々頭のいい柚葉はその人の元で更に成績を伸ばし、地元では1番の進学校にトップの成績で入学した。

そんな柚葉を追いかける様に俺も必死で勉強し、同じ学校に合格し今、柚葉の言葉を同じ空間で聞けている。

幼稚舎から通っていた学校は大学までよっぽどの事がない限りはそのままエスカレーター式に上がれるし、まわりも裕福な家庭の子どもが多かった。

父親は幼い頃からの人脈作りのため、そして見栄と名誉のために俺を幼稚舎から大学までその学校に通わせたかったのだろう。

外部受験したいと言った時には反対された。
だけど、受験したい学校が地元で1番と言われている進学校という事が父親の考えを揺さぶった。

そして母親からの説得もあり外部受験の許しをもらい無事に入学出来た。

挨拶が終わり、壇上を降りて真っ直ぐに歩く柚葉の姿に涙が出そうになる。

俺達は、手に入れたんだ。
普通の高校生としての生活を。
人を殺して手に入れたこの普通の生活。

絶対に守る、誰にも邪魔をさせない。
俺達はここで、普通の高校生として過ごすんだ。

席に戻る途中、俺の横を歩いていく柚葉と目が合った。

その瞬間、ふわりと柚葉が笑う。
窓から差し込む光が柚葉の長い髪を照らす。
茶色がかった瞳がキラキラと輝いている。

……ああ、何年経っても柚葉はやっぱり天使だ。

天使を守るために、俺はあの日悪魔になった。
怖くて怖くて泣き続けた日もあった。
どうしようもない罪の意識に飲み込まれ死にたくなった事もあった。

だけど、いつだって柚葉が隣にいてくれた。
俺より辛いはずなのに、柚葉はいつだって俺の隣で笑ってくれたんだ。

だから、
後悔はない。
俺はこれからも天使を守るために、悪魔になる。
俺だけの天使を守るためなら、何だって出来るから。


そう、本気で思っていた。
俺達はずっと一緒に生きていくんだって、
同じ罪を背負って、ずっとずっと一緒に生きていく、そしてお互い歳を取り死ぬ時が俺達の罪が許される時だって、
そう、思っていたんだ――。

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