愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る
②
少し開いたカーテンから薄く射し込む光に起こされる様にゆっくりと身体を起こす。
ベッドから出てカーテンを一気に開けると部屋中に太陽の光が降り注ぐ。
今日は少し暑くなりそうだ、なんて思いながら部屋を出て洗面所へと向かう。
顔を洗い身支度を軽く済ませてリビングに入る。
キッチンでは母親が鼻歌を口ずさみながら朝食の準備をしている。
コーヒーの香りが鼻をかすめていく。
「おはよう」
キッチンにいる母親に向かってそう声をかけると母親は手を止めて俺を見る。
「おはよう、一哉」
笑顔でそう言ってコーヒーをカップに淹れてテーブルへと運んでくれる。
「今日はパンなんだ」
「そうよ、三上さんが美味しいクロワッサンを昨日買ってきてくれたの」
「そういや昨日人気のパン屋にいってきたとか言ってたっけ」
他愛ない話をしながら椅子に座りコーヒーを一口飲む。
朝から挽き立てのコーヒー、焼きたての温かいスクランブルエッグにベーコン、クロワッサン、それにサラダにフルーツ、スープがテーブルに並ぶ。
幼い頃は家政婦の三上さんが前日に作って冷蔵庫に入れていた物をレンジで温めてひとりで食べていた。
だけど、あの日、
俺が罪を犯し、寝込んだあの時から、
母親が毎日家で食事を作って一緒に食べる様になった。
父親にバレない様に家政婦の三上さんにはそれまでと同様の勤務体制を取ってもらって、食事作りは母さん、そして掃除や他の家事なんかはふたりで一緒にしているみたいだ。
母さんより少し年上の三上さんはまるで母さんの姉の様に母さんと俺に凄く良くしてくれるし、見守ってくれている。
母さんにどんな恩があるのかは聞いていないけれどふたりがいつも笑って一緒に過ごすのを見ると恩だとかそんなもの関係なくお互いがお互いの事を大事に思っているのが分かる。
朝食を食べ終え、もう一度身支度を整え玄関に向かいまだ綺麗な靴をはく。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
毎朝の光景、母さんが玄関で見送ってくれる、
必ず気をつけて、と言って。
昔はひとりで家を出ていた。
無言で玄関を出て自分で鍵を閉めていた。
今は必ず母さんが見送ってくれる、それがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
柚葉から母親を奪ってから、俺は母親を再び手に入れた。
……皮肉なもんだな、なんて思ってため息をつく。
学校まではそれほど距離はないため、俺は歩いて通っている。
いつもの道を歩き信号で立ち止まる。
そこで不意にポンっと軽く叩かれる肩。
誰か、なんてそんなの分かりきっている。
ゆっくりと振り向き肩に置かれた手を握る。
「おはよう、一哉君!」
太陽に照らされて茶色がかった瞳がキラキラと輝いて、長い髪はサラサラと風に靡いている。
スッと胸に入ってくる少し高い、心地よい声。
「おはよう、柚葉」
繋がれた手を引き、青に変わった信号をふたりで歩く。
昔と違って並ぶと身長差がはっきりと表される。
出会った頃はあまりなかった身長差は、今は20センチ程だろうか、そのため柚葉は俺を見上げて話す。
俺も出来るだけ頭を下げて柚葉の話を聞く。
握った手も昔は繋いでるといった感じだったのに今は俺が柚葉の手を包んでいると言った方がしっくりくる。
5年という月日は俺達を幼い子どもから少しずつ大人へと近づけた。
そして柚葉は本当に綺麗になった。
元々目鼻立ちのはっきりした可愛らしい顔立ちだったが、今は綺麗という方がぴったりだ。
加えて誰にでも優しく明るい、そして頭もいい柚葉は入学早々すぐに学校内で人気者になっていた。
そんな柚葉と一緒にいる俺は柚葉の彼氏として認識されているが実際につきあっているとか彼氏彼女の関係だとかではない。
こうやって手を繋ぐし登下校も一緒だしクラスも同じ、委員も同じ。
学校ではお互い同性の友達と過ごす時間もあるがふたりで過ごす時間も長い。
まわりから見たらつきあっていると思うのが当たり前だろう。
だけど、俺達はその辺りは曖昧だ。
この5年間ずっと一緒に過ごしたし、成長するにしたがって手を繋ぐ、たまに抱きしめ合うだけじゃなくキスをする事もあった。
本当に不意に、まるで挨拶の様に柚葉から俺へキスをしてきたのが初めてのキスだった。
何が起きたのか分からなくて、だけど、自分の唇に当たっているのが柚葉の唇だと理解した時は頭がどうにかなるかと思った。
一気に顔が熱くなった。
まるで身体中の熱が顔に集まったみたいに熱くて真っ赤になって。
柚葉を見ると少し照れくさそうに笑っていた。
その顔は俺と同じ真っ赤に染まっていて、
『何か、大好きだなーって思ったらキスしたくなっちゃった』
なんて言って相変わらず真っ赤な顔で眉を下げて笑う柚葉が凄く凄く可愛くて愛しかった。
俺も柚葉が大好きだと言うと柚葉は安心した様に俺にもたれ掛かってきた。
キスもするし、お互いに好きだと伝え合っている。
だけど、つきあっているのかと言われたら曖昧だ。
実際につきあおうと言ったり約束したりしている訳じゃない。
『一哉君は私の1番大切で大事で大好きな人』
そう、柚葉は言ってくれているけれどお互い彼氏、彼女とはっきりとした関係を示したり言い合ったり確認した事はない。
高校入学時こそまわりからつきあっているのかと聞かれる事もあったが俺も柚葉もはっきりとした答えは出さずにはぐらかしていた。
そんな俺達の態度にまわりは照れているだけだと勝手に解釈してくれて入学して2ヶ月も経つ頃には何も言われなくなった。
正直、ちゃんとつきあっている、彼氏彼女の関係だとはっきりさせたいと思った事はある。
だけど、俺達にそんなものは必要ないのかも知れない。
だって、俺達は他の誰よりも固いモノで結ばれているから。
それが人を殺したという、誰にも言えない、一生隠し通す罪だとしても、それでも構わない。
彼氏彼女とか、そんないつでも別れられるものとは違う。
柚葉は俺の天使で、俺は天使を守るヒーローだから。
「今日は暑くなりそうだね」
隣を歩く柚葉がそう言って眩しそうに目を細める。
「梅雨も明けたし、これからもっと暑くなるだろうね」
「やだなぁ、私暑いの苦手」
「大丈夫だよ、俺がいつでも日除けになるから」
「大きくなったもんね、一哉君。
私はあんまり伸びなかったのに。
話す時首痛くなっちゃう」
少し拗ねた様に頬を膨らませる柚葉が可愛くて仕方がない。
「あ、でも冬はいいよね、一哉君大きいから私の事すっぽり包んでくれるもん!」
さっきまで拗ねた表情をしていたのに、今度はパッと明るく笑う柚葉に目が離せない。
「うん、いつでも包むから冬は安心して。
夏も外では日除けになるしなんなら日傘差すし団扇で扇ぐよ」
「あはは!一哉君私に甘過ぎ!」
「仕方ないじゃん、俺柚葉の事大好きだし」
「私も一哉君大好きだよ」
そう言ってふと立ち止まる柚葉に俺も立ち止まる。
そのまま柚葉に繋いでいた手を引かれ道を少し外れる。
誰もいない細道で柚葉が俺に向き合うように立ち首を上げて真っ直ぐに俺を見る。
柚葉の茶色がかった瞳に俺だけがうつる。
「たまには一哉君からしてほしい」
「……うん」
柚葉の両手を包むように握り、ゆっくりと顔を近づける。
重なりあう唇は暖かくて、柚葉が確かにここに存在しているのだと当たり前の事を実感する。
唇を離すと照れくさそうに笑って俺の手を引き元の道へと戻る。
学校まで後少しの道をふたりで手を繋いで歩く事に幸せを感じながら柚葉を見ると、柚葉は眉を下げて笑った。
「幸せだね、一哉君」
同じ事を思っていた事が嬉しくて、柚葉を抱きしめたくなる衝動を抑えてぎゅっと柚葉の手を握った。
そんな俺に応える様に柚葉も俺の手をぎゅっと握って相変わらず眉を下げて嬉しそうに笑った。
こんな何気ない幸せが続くと信じていた。
罪を犯した俺だけど、
柚葉が隣にいてくれて幸せそうに笑ってくれたらその罪が許されている様に感じていた。
そんな訳ないのに。
罪が勝手に流されるなんて、あり得ないのに。
俺の事を憎む人間は確かにいるのに。
そして、そんな俺を憎む人間は、
1番近くにいたのに。
ベッドから出てカーテンを一気に開けると部屋中に太陽の光が降り注ぐ。
今日は少し暑くなりそうだ、なんて思いながら部屋を出て洗面所へと向かう。
顔を洗い身支度を軽く済ませてリビングに入る。
キッチンでは母親が鼻歌を口ずさみながら朝食の準備をしている。
コーヒーの香りが鼻をかすめていく。
「おはよう」
キッチンにいる母親に向かってそう声をかけると母親は手を止めて俺を見る。
「おはよう、一哉」
笑顔でそう言ってコーヒーをカップに淹れてテーブルへと運んでくれる。
「今日はパンなんだ」
「そうよ、三上さんが美味しいクロワッサンを昨日買ってきてくれたの」
「そういや昨日人気のパン屋にいってきたとか言ってたっけ」
他愛ない話をしながら椅子に座りコーヒーを一口飲む。
朝から挽き立てのコーヒー、焼きたての温かいスクランブルエッグにベーコン、クロワッサン、それにサラダにフルーツ、スープがテーブルに並ぶ。
幼い頃は家政婦の三上さんが前日に作って冷蔵庫に入れていた物をレンジで温めてひとりで食べていた。
だけど、あの日、
俺が罪を犯し、寝込んだあの時から、
母親が毎日家で食事を作って一緒に食べる様になった。
父親にバレない様に家政婦の三上さんにはそれまでと同様の勤務体制を取ってもらって、食事作りは母さん、そして掃除や他の家事なんかはふたりで一緒にしているみたいだ。
母さんより少し年上の三上さんはまるで母さんの姉の様に母さんと俺に凄く良くしてくれるし、見守ってくれている。
母さんにどんな恩があるのかは聞いていないけれどふたりがいつも笑って一緒に過ごすのを見ると恩だとかそんなもの関係なくお互いがお互いの事を大事に思っているのが分かる。
朝食を食べ終え、もう一度身支度を整え玄関に向かいまだ綺麗な靴をはく。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
毎朝の光景、母さんが玄関で見送ってくれる、
必ず気をつけて、と言って。
昔はひとりで家を出ていた。
無言で玄関を出て自分で鍵を閉めていた。
今は必ず母さんが見送ってくれる、それがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
柚葉から母親を奪ってから、俺は母親を再び手に入れた。
……皮肉なもんだな、なんて思ってため息をつく。
学校まではそれほど距離はないため、俺は歩いて通っている。
いつもの道を歩き信号で立ち止まる。
そこで不意にポンっと軽く叩かれる肩。
誰か、なんてそんなの分かりきっている。
ゆっくりと振り向き肩に置かれた手を握る。
「おはよう、一哉君!」
太陽に照らされて茶色がかった瞳がキラキラと輝いて、長い髪はサラサラと風に靡いている。
スッと胸に入ってくる少し高い、心地よい声。
「おはよう、柚葉」
繋がれた手を引き、青に変わった信号をふたりで歩く。
昔と違って並ぶと身長差がはっきりと表される。
出会った頃はあまりなかった身長差は、今は20センチ程だろうか、そのため柚葉は俺を見上げて話す。
俺も出来るだけ頭を下げて柚葉の話を聞く。
握った手も昔は繋いでるといった感じだったのに今は俺が柚葉の手を包んでいると言った方がしっくりくる。
5年という月日は俺達を幼い子どもから少しずつ大人へと近づけた。
そして柚葉は本当に綺麗になった。
元々目鼻立ちのはっきりした可愛らしい顔立ちだったが、今は綺麗という方がぴったりだ。
加えて誰にでも優しく明るい、そして頭もいい柚葉は入学早々すぐに学校内で人気者になっていた。
そんな柚葉と一緒にいる俺は柚葉の彼氏として認識されているが実際につきあっているとか彼氏彼女の関係だとかではない。
こうやって手を繋ぐし登下校も一緒だしクラスも同じ、委員も同じ。
学校ではお互い同性の友達と過ごす時間もあるがふたりで過ごす時間も長い。
まわりから見たらつきあっていると思うのが当たり前だろう。
だけど、俺達はその辺りは曖昧だ。
この5年間ずっと一緒に過ごしたし、成長するにしたがって手を繋ぐ、たまに抱きしめ合うだけじゃなくキスをする事もあった。
本当に不意に、まるで挨拶の様に柚葉から俺へキスをしてきたのが初めてのキスだった。
何が起きたのか分からなくて、だけど、自分の唇に当たっているのが柚葉の唇だと理解した時は頭がどうにかなるかと思った。
一気に顔が熱くなった。
まるで身体中の熱が顔に集まったみたいに熱くて真っ赤になって。
柚葉を見ると少し照れくさそうに笑っていた。
その顔は俺と同じ真っ赤に染まっていて、
『何か、大好きだなーって思ったらキスしたくなっちゃった』
なんて言って相変わらず真っ赤な顔で眉を下げて笑う柚葉が凄く凄く可愛くて愛しかった。
俺も柚葉が大好きだと言うと柚葉は安心した様に俺にもたれ掛かってきた。
キスもするし、お互いに好きだと伝え合っている。
だけど、つきあっているのかと言われたら曖昧だ。
実際につきあおうと言ったり約束したりしている訳じゃない。
『一哉君は私の1番大切で大事で大好きな人』
そう、柚葉は言ってくれているけれどお互い彼氏、彼女とはっきりとした関係を示したり言い合ったり確認した事はない。
高校入学時こそまわりからつきあっているのかと聞かれる事もあったが俺も柚葉もはっきりとした答えは出さずにはぐらかしていた。
そんな俺達の態度にまわりは照れているだけだと勝手に解釈してくれて入学して2ヶ月も経つ頃には何も言われなくなった。
正直、ちゃんとつきあっている、彼氏彼女の関係だとはっきりさせたいと思った事はある。
だけど、俺達にそんなものは必要ないのかも知れない。
だって、俺達は他の誰よりも固いモノで結ばれているから。
それが人を殺したという、誰にも言えない、一生隠し通す罪だとしても、それでも構わない。
彼氏彼女とか、そんないつでも別れられるものとは違う。
柚葉は俺の天使で、俺は天使を守るヒーローだから。
「今日は暑くなりそうだね」
隣を歩く柚葉がそう言って眩しそうに目を細める。
「梅雨も明けたし、これからもっと暑くなるだろうね」
「やだなぁ、私暑いの苦手」
「大丈夫だよ、俺がいつでも日除けになるから」
「大きくなったもんね、一哉君。
私はあんまり伸びなかったのに。
話す時首痛くなっちゃう」
少し拗ねた様に頬を膨らませる柚葉が可愛くて仕方がない。
「あ、でも冬はいいよね、一哉君大きいから私の事すっぽり包んでくれるもん!」
さっきまで拗ねた表情をしていたのに、今度はパッと明るく笑う柚葉に目が離せない。
「うん、いつでも包むから冬は安心して。
夏も外では日除けになるしなんなら日傘差すし団扇で扇ぐよ」
「あはは!一哉君私に甘過ぎ!」
「仕方ないじゃん、俺柚葉の事大好きだし」
「私も一哉君大好きだよ」
そう言ってふと立ち止まる柚葉に俺も立ち止まる。
そのまま柚葉に繋いでいた手を引かれ道を少し外れる。
誰もいない細道で柚葉が俺に向き合うように立ち首を上げて真っ直ぐに俺を見る。
柚葉の茶色がかった瞳に俺だけがうつる。
「たまには一哉君からしてほしい」
「……うん」
柚葉の両手を包むように握り、ゆっくりと顔を近づける。
重なりあう唇は暖かくて、柚葉が確かにここに存在しているのだと当たり前の事を実感する。
唇を離すと照れくさそうに笑って俺の手を引き元の道へと戻る。
学校まで後少しの道をふたりで手を繋いで歩く事に幸せを感じながら柚葉を見ると、柚葉は眉を下げて笑った。
「幸せだね、一哉君」
同じ事を思っていた事が嬉しくて、柚葉を抱きしめたくなる衝動を抑えてぎゅっと柚葉の手を握った。
そんな俺に応える様に柚葉も俺の手をぎゅっと握って相変わらず眉を下げて嬉しそうに笑った。
こんな何気ない幸せが続くと信じていた。
罪を犯した俺だけど、
柚葉が隣にいてくれて幸せそうに笑ってくれたらその罪が許されている様に感じていた。
そんな訳ないのに。
罪が勝手に流されるなんて、あり得ないのに。
俺の事を憎む人間は確かにいるのに。
そして、そんな俺を憎む人間は、
1番近くにいたのに。