愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

教室に入ると柚葉のまわりにはあっという間に女子が集まる。
そんな柚葉を横目に見ながら俺は自分の席へと座り鞄から教科書やノートを取り出し机に突っ込む。

「おっはよー、桐生!」

「おはよ」

「なあ、昨日のドラマみた?
俺が今期1番好きな号泣必須の胸きゅん恋愛ドラマ!」

前の席に座るクラスメイトの木下が身を乗り出す様に開口一番そう聞いてくる。
その口調は少し興奮しているのが分かる。

「いや、見てない。
恋愛ドラマとかあんまり興味ないし」

「何でだよー!もうめっちゃ感動したのに!
俺号泣した!」

「そんなにかよ、ちょっと気になってきたわ」

「何?昨日のあのドラマ?」

他愛もないごく普通の会話をしている俺と木下の間に俺の隣の席の川西さんが会話に加わる様に入ってきた。

「おはよう、川西さん」

「おはよう、桐生君」

「おー!はよっ!川西!」

「あんたは朝からテンション高いわね」

少し呆れた様に木下を見ながら椅子に座りすぐに1限目の授業の教科書やノートを机に並べる川西さんに木下が俺に話した様に少し興奮気味に話を続ける。

「もうさ、ラスト10分で俺号泣!
ティッシュ何枚使ったか分かんねーもん、おかげで鼻の下ヒリヒリする!
あ、駄目だ思い出しただけで涙が……」

「確かに赤くなってるわね。
でもそんなに泣ける?
私は全然泣けなかった」

鼻をすすりながら目を潤ませる木下とは正反対に川西さんは泣き所が全く分からないと言いたげに顔をしかめる。

「思い出しただけで泣けるって、よっぽど感動物の話なんだ?
ヒロインが治らない病気に犯されている、とか?」

「違うわよ、単純に幼なじみの男女がお互い好きなのにすれ違ったりまわりの邪魔があったりで泣いたり騒いだりしてるだけのつまんないドラマ」

「つまんなくない!
ラスト10分のヒロインのるりちゃんがライバルのせいで幼なじみのヒロに誤解されて泣いてるとことかめちゃくちゃ号泣じゃん!
俺はるりちゃんと一緒に泣いた!」

「いや、私は逆に醒めたわ。
結局お互いがお互いを信じきれてないからじゃん。
むしろ私はヒロインよりライバルの女の子を応援するわ」

「何でだよー!」

相変わらず鼻をすすりながら川西さんに突っ掛かる木下はきっと凄く純粋なんだろう。
公立の中学出身者ばかりの中、わざわざ私立の学校から入学してきた俺に対して入学時まわりは好奇の視線で俺を見ていた。
入学式で注目を浴びた柚葉と親しげに接しているのもまわりからしたら嫉妬や妬ましさがあったのだろう。
そんな中1番始めに声をかけてきたのがたまたま前の席の木下だった。

『桐生ってあの金持ち学校からきたのー!?
マジすげぇー!!』

第一声のその言葉からはからかいや冷やかしの類いは少しも感じられなくて、本当にただ単純に驚きと感動から出た言葉だと木下の表情や口調から分かった。

それから木下は毎日俺に話しかけ行動を共にする事が増えた。
明るくムードメーカの木下が俺と仲良くしてくれたおかげで俺も少しずつクラスに慣れていった。
加えて俺と柚葉が昔からの友人だと知るとクラスメイトはもう俺に対して訝しげな視線を送る事はなくなった。
むしろ柚葉のためにわざわざエスカレーター式に上がれる学校を離れて受験した彼女想いの彼氏、なんて変に評価が上がった。

「本当にあんたは昔から単純ね、私はうじうじ悩んでばかりで行動しないヒロインより自分の意見をしっかり持ってて芯を持って行動にうつすライバルの女の子の方が好感持てるわ」

「お前は本当に昔からかっこいいなクソー!」

「褒めてんじゃん、本当ふたり仲良いな」

木下と川西さんは昔から家が近所の幼なじみだ。
確かに川西さんの言う通り木下は単純だけど明るくて人を疑ったり妬んだりしない、本当に珍しい位に無邪気で純粋な良い奴だ。
そしてクールで自分の中に確かな芯を持ってまわりに流されずに行動にうつす事の出来る川西さんは木下の言う通りにかっこいいしとてもいい雰囲気のふたりだ。

川西さんとは木下をきっかけに仲良くなった。木下もそうだったけど川西さんも最初から俺を変な視線や固定観念で見る事はなかった。
そんなふたりと過ごす時間は柚葉と過ごす時間とはまた違う落ち着きや暖かさがあった。

「あ、でも俺はそのドラマ見てないけど話聞く限りじゃそのライバルの女の子の方が好感持てるかも」

「何でだよー!
るりちゃんめちゃくちゃ健気でヒロの事めちゃくちゃ大好きで可愛いんだからなー!」

「健気ってか、自分の中で勝手に被害妄想繰り返してるだけじゃん」

「俺のるりちゃんを悪く言うなー!」

「まあまあ、落ち着けって木下」

「ってか、何で桐生はライバルのミサちゃんの味方なんだよー!」

川西さんから俺に矛先をうつした木下が俺に食いつくように聞いてくる。

「いや、別に味方とかじゃなくて、ただ単純に自分を持ってて行動にうつす事の出来る女の子ってかっこいいじゃん。あ……」

「ん?何だよ?」

「いや、何かそのライバルの女の子って川西さんに似てるよね」

「え……?」

本当にふと思った。
ふたりの話を聞く限りだとライバルの女の子は好きな男の子を自分に振り向かせたいために頑張っているだけだ。
そのためにしっかりと自分の中で考えて行動にうつしている。
それが何だか川西さんと被った。

川西さんはクラスを纏めるのが上手い。
クラスとしてやるべき事を理解してハキハキと自分の意見を述べクラスの仕事をみんなに割り振り纏めていく。
それが上から命令するとかじゃなく、クラスみんなの得手不得手を理解してそれぞれに合う役割を割り振っていくから反感を買う事もない。

「あー、確かに!川西って昔から芯があってかっこいいもんなー!」

「ちょっ、止めてよ……!」

珍しく照れた様に顔を少し赤くする川西さんに木下が熱でもあるのかと本気で心配して騒いでいる。
そんな木下に更に顔を赤くしながら木下を治める川西さんのふたりを見ていると、暖かさを感じる。
だけどそれと同時に少し胸が痛くなる。

……俺と柚葉もお互い普通の家庭に生まれて近所に住む幼なじみだったら、こんな風に一欠片も罪の意識を感じる事もなく笑い合う事が出来たのだろうか。
チラリと柚葉を見ると相変わらず数人の女子に囲まれて楽しそうにお喋りしている姿が目に入った。

……柚葉が笑ってる、それだけで良しとしなきゃいけない。
俺が生きてる意味は、柚葉を守るため。
柚葉が笑って幸せに生きていくためなら俺は一生笑えなくてもいい、
そう、誓ったんだから。

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