愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る
⑤
「悪かったな桐生、急に頼んで」
頼まれた仕事を済ませ教室を出ようとする俺にそう言ってひらひらと手を振る先生に軽く会釈をし、川西さんの待つ教室へと急ぐ。
「きゃぁぁー!!!」
急ぎ足で階段を昇っていく中で急に校舎中に響き渡る様な女子の叫び声が耳に痛い位に刺し込んできた。
叫び声が合図の様に途端にドタバタと騒がしくなるのが分かった。
ただ事ではない事が起こっている事は容易に想像出来る。
一体何があったんだ……、なんて不穏な疑問は目に飛び込んできた光景が教えてくれた。
「川西、さん……?」
目の前には頭から血を流し階段の踊り場で倒れている川西さんの姿。
叫び声に集まってきた生徒達も目の前の光景に叫び声を上げる者、目を背ける者、口を押さえ青ざめる者と様々だ。
騒ぎに気づいた先生達が集まった生徒達を遠ざけ川西さんに声をかけるが返事はない。
保険医がタオルで傷口の止血をしながら救急車を呼ぶように指示を出す。
そんな光景を見ながら俺は吐き気を必死に耐えていた。
頭からとめどなく流れる血、血の気が引いていく様に青ざめていく顔色。
……あの時と同じだ、
俺が、柚葉の母親を殺した時と。
「……き、りゅ……く」
俺を現実に引き戻すかの様な声が耳に微かに入ってきた。
小さく弱々しく、消え入りそうな声で川西さんは俺の名前を呼ぼうとしていた。
「川西さん!」
先生達を掻い潜り俺は川西さんのそばに寄る。
微かに開いた眼で川西さんは俺を見て俺に手を伸ばす。
震えながらも伸ばしてくる手を俺は握る。
「川西さん!何が、何があった!?」
少し叫ぶ様にそう川西さんに聞くも、川西さんは苦しそうに息をして答えられそうもない。
「川西さ……」
「き、りゅ、くん……」
そんな状態なのに川西さんは俺の言葉を遮り俺の名前を息も絶え絶えに呼ぶ。
「……げ、て……」
「え……?」
「……さん、こわ、い……」
こわい?
怖い?
何が?
誰、が?
「だ、め……、に、げ……」
に、げ、……
に、げ、て……
逃げて……?
「は、や……く、……」
「救急隊到着しました!」
息も絶え絶えに必死に言葉を紡ぐ川西さんと俺を引き離すかの様に救急隊員が俺達の間を割って入る。
すぐに担架に乗せられ運ばれる川西さんに何とか話を聞こうと近づくが、川西さんは既に意識を失っていて、眼を閉じて腕は力なくダラリと担架からぶら下がっていた。
まだざわつく空気の中、先生達は生徒にとにかく帰れと無理矢理帰宅を促す。
最後に話していた俺には明日また話を聞くからとひと言残し、他の生徒と同じ様に帰宅を促された。
何とも言えない雰囲気の中、生徒達は言われた通りにそれぞれ帰宅するべく階段を降りていく。
俺もここにいても何か出来る訳じゃない、
とりあえず今は帰って川西さんが俺に伝えたかった事を考えよう、
そう思い階段を降りようとするけれど足が動かない。
頭の中では頭から血を流し倒れていた川西さん、
そして俺が殺した柚葉の母親が繰り返さし流れていく。
流れるどす黒い血、血の気が引いていく青い顔、
柚葉の母親を思いっきり突き飛ばした感触までよみがえってくる。
耐えきれなくて俺はトイレに駆け込んで吐いた。
頭が割れそうに痛い。
暑いのか寒いのか分からない。
酷く寒気はするのに、頭は火がついた様に熱い。
頭の中では何度も何度も繰り返される、
頭から血を流し倒れていた川西さんと、
俺が突き飛ばし頭をぶつけ倒れ込み頭から血を流していた柚葉の母親の姿が。
何度も何度も、何度も――。
「ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめん、なさい……」
消え入りそうな声でただ、そう呟くしか出来なかった。
何度も吐いて喉も腹も頭も痛い。
だけど、それでも考えなきゃいけない。
何で、川西さんがあそこで倒れていたのかを。
だって、川西さんは俺を待っていたんだ。
俺に話があったんだ。
もし、俺がすぐに川西さんの話を聞いていたら?
その後、一緒に教室を出ていたら?
そしたら川西さんはあんな目に合わなかったかもしれない。
何で、川西さんが……?
事故、なのか?
川西さんが倒れていたのは階段の踊り場だ。
階段を降りようとして誤って足を滑らせたり踏み外したりして落ちた可能性はもちろんある。
だとしたらそれは事故になる。
だけど、川西さんは俺を待っていたんだ。
川西さんの性格から、すぐに戻るからと言われたらそのまま教室で待っているだろう。
トイレならわざわざ階段までいく必要がない。
それに、何かがおかしい。
何だろうか、何か、
さっきの川西さんには違和感があった。
あんな状況でそんな違和感を抱くとか案外冷静でいた自分に驚く。
だけど、川西さんと木下は俺にとって大切な友達だ。
自分を偽って演じていた俺しか知らない奴等と違う、
俺という、桐生一哉としての、
ひとりの人間として友達になった大事なふたりだ。
それは、罪で繋がっている柚葉とも違う。
痛む頭を必死でまわす。
何だ、何が、
何が……。
頭の中は相変わらず柚葉の母親が倒れている姿が浮かぶ。
川西さんと柚葉の母親、
同じ頭から血を流して倒れていた、
だけど、何だ?
何がおかしい……
!!!!!
「……傷口、だ」
ポツリと口から溢れた言葉に思わず口を手で塞ぐ。
そうだ、傷口だ。
柚葉の母親は俺に突き飛ばされて後頭部を強くぶつけ、頭を両手で抱え込む様に倒れた。
そして、川西さんも後頭部から血を流し倒れていた。
……おかしい、
下に降りようとして誤って落ちたのなら川西さんの身体は階段の下に向いている。
そのまま落ちたらぶつけるにしても顔面だ。
なのに、川西さんは後頭部から血を流していた。
そして、うつ伏せではなく仰向けの状態で。
何故?
誤って落ちたのなら身体はうつ伏せの状態で倒れているはずだ。
後頭部からの出血、
仰向けの状態……。
……川西さんの話したい事って何だったんだ?
何か言い淀んでいた、
いつもは相手を真っ直ぐにみて話す川西さんが視線を反らしていた。
俺はそれがてっきり木下絡みの相談で照れているだけだと思っていた。
だけど、違ったんだ。
息も絶え絶えに、必死に何かを伝えようとしてくれた。
きっと、それは俺に話したかった事。
木下にも言えないとても重大な話だったんだ。
そして、それが川西さんをあんな目に合わせたのだとしたら……?
「誰かに、突き落とされた……?」
否定したくなる考え。
だけど、この考えが1番しっくりとくる。
階段付近で誰かに突き落とされたのなら仰向けで倒れていてもおかしくない。
そして後頭部から出血していた事も納得がいく。
川西さんは誰かに恨みを買う性格ではない。
自分の意見をはっきりと述べるけど、人を傷つける様な事は一切言わない。
だけど、川西さんが俺に話したい事と関係があったのなら……。
「俺に話される事を阻止、したかったのか……?」
口から溢れた言葉に背筋が寒くなる。
こんな事になるなら委員会の事なんて後回しにして話を聞いておけば良かった。
そしたら川西さんはあんな目に合わなかったかも知れないのに……!
どうしようもない後悔ばかりが押し寄せて俺は何度も拳を壁に打ち付けた。
何度も、何度も―。
頼まれた仕事を済ませ教室を出ようとする俺にそう言ってひらひらと手を振る先生に軽く会釈をし、川西さんの待つ教室へと急ぐ。
「きゃぁぁー!!!」
急ぎ足で階段を昇っていく中で急に校舎中に響き渡る様な女子の叫び声が耳に痛い位に刺し込んできた。
叫び声が合図の様に途端にドタバタと騒がしくなるのが分かった。
ただ事ではない事が起こっている事は容易に想像出来る。
一体何があったんだ……、なんて不穏な疑問は目に飛び込んできた光景が教えてくれた。
「川西、さん……?」
目の前には頭から血を流し階段の踊り場で倒れている川西さんの姿。
叫び声に集まってきた生徒達も目の前の光景に叫び声を上げる者、目を背ける者、口を押さえ青ざめる者と様々だ。
騒ぎに気づいた先生達が集まった生徒達を遠ざけ川西さんに声をかけるが返事はない。
保険医がタオルで傷口の止血をしながら救急車を呼ぶように指示を出す。
そんな光景を見ながら俺は吐き気を必死に耐えていた。
頭からとめどなく流れる血、血の気が引いていく様に青ざめていく顔色。
……あの時と同じだ、
俺が、柚葉の母親を殺した時と。
「……き、りゅ……く」
俺を現実に引き戻すかの様な声が耳に微かに入ってきた。
小さく弱々しく、消え入りそうな声で川西さんは俺の名前を呼ぼうとしていた。
「川西さん!」
先生達を掻い潜り俺は川西さんのそばに寄る。
微かに開いた眼で川西さんは俺を見て俺に手を伸ばす。
震えながらも伸ばしてくる手を俺は握る。
「川西さん!何が、何があった!?」
少し叫ぶ様にそう川西さんに聞くも、川西さんは苦しそうに息をして答えられそうもない。
「川西さ……」
「き、りゅ、くん……」
そんな状態なのに川西さんは俺の言葉を遮り俺の名前を息も絶え絶えに呼ぶ。
「……げ、て……」
「え……?」
「……さん、こわ、い……」
こわい?
怖い?
何が?
誰、が?
「だ、め……、に、げ……」
に、げ、……
に、げ、て……
逃げて……?
「は、や……く、……」
「救急隊到着しました!」
息も絶え絶えに必死に言葉を紡ぐ川西さんと俺を引き離すかの様に救急隊員が俺達の間を割って入る。
すぐに担架に乗せられ運ばれる川西さんに何とか話を聞こうと近づくが、川西さんは既に意識を失っていて、眼を閉じて腕は力なくダラリと担架からぶら下がっていた。
まだざわつく空気の中、先生達は生徒にとにかく帰れと無理矢理帰宅を促す。
最後に話していた俺には明日また話を聞くからとひと言残し、他の生徒と同じ様に帰宅を促された。
何とも言えない雰囲気の中、生徒達は言われた通りにそれぞれ帰宅するべく階段を降りていく。
俺もここにいても何か出来る訳じゃない、
とりあえず今は帰って川西さんが俺に伝えたかった事を考えよう、
そう思い階段を降りようとするけれど足が動かない。
頭の中では頭から血を流し倒れていた川西さん、
そして俺が殺した柚葉の母親が繰り返さし流れていく。
流れるどす黒い血、血の気が引いていく青い顔、
柚葉の母親を思いっきり突き飛ばした感触までよみがえってくる。
耐えきれなくて俺はトイレに駆け込んで吐いた。
頭が割れそうに痛い。
暑いのか寒いのか分からない。
酷く寒気はするのに、頭は火がついた様に熱い。
頭の中では何度も何度も繰り返される、
頭から血を流し倒れていた川西さんと、
俺が突き飛ばし頭をぶつけ倒れ込み頭から血を流していた柚葉の母親の姿が。
何度も何度も、何度も――。
「ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめん、なさい……」
消え入りそうな声でただ、そう呟くしか出来なかった。
何度も吐いて喉も腹も頭も痛い。
だけど、それでも考えなきゃいけない。
何で、川西さんがあそこで倒れていたのかを。
だって、川西さんは俺を待っていたんだ。
俺に話があったんだ。
もし、俺がすぐに川西さんの話を聞いていたら?
その後、一緒に教室を出ていたら?
そしたら川西さんはあんな目に合わなかったかもしれない。
何で、川西さんが……?
事故、なのか?
川西さんが倒れていたのは階段の踊り場だ。
階段を降りようとして誤って足を滑らせたり踏み外したりして落ちた可能性はもちろんある。
だとしたらそれは事故になる。
だけど、川西さんは俺を待っていたんだ。
川西さんの性格から、すぐに戻るからと言われたらそのまま教室で待っているだろう。
トイレならわざわざ階段までいく必要がない。
それに、何かがおかしい。
何だろうか、何か、
さっきの川西さんには違和感があった。
あんな状況でそんな違和感を抱くとか案外冷静でいた自分に驚く。
だけど、川西さんと木下は俺にとって大切な友達だ。
自分を偽って演じていた俺しか知らない奴等と違う、
俺という、桐生一哉としての、
ひとりの人間として友達になった大事なふたりだ。
それは、罪で繋がっている柚葉とも違う。
痛む頭を必死でまわす。
何だ、何が、
何が……。
頭の中は相変わらず柚葉の母親が倒れている姿が浮かぶ。
川西さんと柚葉の母親、
同じ頭から血を流して倒れていた、
だけど、何だ?
何がおかしい……
!!!!!
「……傷口、だ」
ポツリと口から溢れた言葉に思わず口を手で塞ぐ。
そうだ、傷口だ。
柚葉の母親は俺に突き飛ばされて後頭部を強くぶつけ、頭を両手で抱え込む様に倒れた。
そして、川西さんも後頭部から血を流し倒れていた。
……おかしい、
下に降りようとして誤って落ちたのなら川西さんの身体は階段の下に向いている。
そのまま落ちたらぶつけるにしても顔面だ。
なのに、川西さんは後頭部から血を流していた。
そして、うつ伏せではなく仰向けの状態で。
何故?
誤って落ちたのなら身体はうつ伏せの状態で倒れているはずだ。
後頭部からの出血、
仰向けの状態……。
……川西さんの話したい事って何だったんだ?
何か言い淀んでいた、
いつもは相手を真っ直ぐにみて話す川西さんが視線を反らしていた。
俺はそれがてっきり木下絡みの相談で照れているだけだと思っていた。
だけど、違ったんだ。
息も絶え絶えに、必死に何かを伝えようとしてくれた。
きっと、それは俺に話したかった事。
木下にも言えないとても重大な話だったんだ。
そして、それが川西さんをあんな目に合わせたのだとしたら……?
「誰かに、突き落とされた……?」
否定したくなる考え。
だけど、この考えが1番しっくりとくる。
階段付近で誰かに突き落とされたのなら仰向けで倒れていてもおかしくない。
そして後頭部から出血していた事も納得がいく。
川西さんは誰かに恨みを買う性格ではない。
自分の意見をはっきりと述べるけど、人を傷つける様な事は一切言わない。
だけど、川西さんが俺に話したい事と関係があったのなら……。
「俺に話される事を阻止、したかったのか……?」
口から溢れた言葉に背筋が寒くなる。
こんな事になるなら委員会の事なんて後回しにして話を聞いておけば良かった。
そしたら川西さんはあんな目に合わなかったかも知れないのに……!
どうしようもない後悔ばかりが押し寄せて俺は何度も拳を壁に打ち付けた。
何度も、何度も―。