愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

次の日、学校中が川西さんの話で持ち切りだった。
川西さんを発見したのは教室に残って話していた女子生徒のふたりらしい。

おしゃべりに夢中になっていたが急に大きな物音がしてびっくりして教室を出ると誰もいない、
恐る恐る階段に近づくと頭から血を流し倒れていた川西さんを発見し驚きと恐怖で叫んだ。
その際、上からバタバタと急いで走る足音が聞こえた様な気がした、という事らしい。

俺も先生と、学校に来ていた刑事から話を聞かれ、正直に全てを答えた。
川西さんから話したい事があると言われた事、
委員会の仕事があったため、教室で待ってもらっていた事、
委員会の仕事が終わり、教室に向かう途中で叫び声が聞こえて駆けつけたら川西さんが倒れていた事。
俺が昨日委員会の仕事をしていた事は既に先生から確認済みだったのだろう、
刑事は俺を疑う様な雰囲気はなかった。
だけど、いくつか質問はされた。

「川西さんが君に話したい事がなんだったのか分かるかな?」

「川西さんはあの状態で君に何か話していたと聞いたけれど、何を話したのかな?」

なるべく圧をかけない様に柔らかい物腰で聞いてくる。
俺はそれらに関しても全て正直に話した。
だけど、言葉が途切れ途切れだったため端的にしか分からなかった事を話すと刑事は
小さな事でもいいから何か思い出したり気にかかる事があったら話してほしい、そう言って自分の名刺を渡してきた。

学校中がざわついた空気の中、それでも普段通りに1日が過ぎていく。
俺の隣と前の席には誰もいない。
木下は休んでいる。
昨日からずっと川西さんのそばから離れないそうだ。
昨日、木下は川西さんの事を聞きすぐに病院に向かった。
手術後も目覚める事なく眠り続けている川西さんの姿にショックを受け、とてもじゃないが学校なんていける状態ではないらしいと担任がこっそりと教えてくれた。
心配で連絡したが繋がらず、木下とまだ話も出来ていない。
木下の気持ちを考えると居たたまれない。
どれだけショックで、
どれだけ恐怖だろうか。
ずっと一緒に過ごしてきた幼なじみが、
ずっと眠り続けていて、いつ目を覚ますか分からないなんて。

放課後、俺はすぐに病院へ向かう。
柚葉も心配だからと一緒に来てくれる事になった。

「心配だね、川西さんはもちろんだけど、
木下君も……」

いつも明るく笑う柚葉の顔には暗い影が落ちている。
柚葉は特別ふたりと仲がいいという程ではなかったが、クラスメイトとして楽しくおしゃべりする程には仲が良かったと思う。
俺がふたりと話しているとたまに入ってきて一緒に話す事もあった。

「私、一哉君みたいにふたりと一緒に色々話したり遊んだりはなかったけど、
川西さんの自分を持ってて筋が通ってるところとか、木下君の明るくてムードメーカなところ好きだからさ、何だか、凄くショックで……」

そう話す柚葉の大きな目には涙があふれて今にもこぼれそうだ。
そんな柚葉の手を少し強く握り、俺達は歩く。
少し冷たい柚葉の手のひらが心地良い。

「……でも、何だったんだろうね、
川西さんが一哉君に話したかった事って」

不意にそう聞かれて心臓がドクンと大きく音を立てた。
柚葉にも全てを話した。
刑事に聞かれた事と同じ事全てを。

「……分からない、だけど川西さんがあんな目にあった事とその事が何か関係がある様な気がする。
……でも、どっちにしろ俺がすぐに川西さんの話を聞いていたら川西さんもあんな目にあわなくてすんだのに」

今更後悔しても遅いけどどうしても考えてしまう。
どれだけ自分を責めようと結果は変わらないのに。

「……あまり自分を責めないで」

そんな俺の手を強く握りそう呟く柚葉。
柚葉を見るとさっきよりも辛そうな顔で俺を見ていた。

「川西さんだって一哉君のせいだなんて絶対に思ってないよ。
事故なんだよ、一哉君は何にも悪くない。
だから、そんな顔しないで……」

そう言って俺の頬に触れる柚葉の手。
少し冷たいその手を包み返す様に握る。

「……ありがとう、柚葉」

「……うん」

柚葉が言う事はスッと気持ちよく俺の胸に入ってくる。

いつだって柚葉は俺の味方でいてくれる。
そして俺もいつだって柚葉の味方だ。
柚葉と一緒にいたら何も怖くない。

大丈夫、きっと川西さんもすぐに目を覚ます。
そんな風に安心出来る。
だって、柚葉が笑ってくれているから。
俺の隣にいる柚葉が、笑っているから。
今この瞬間、柚葉が笑っているから。

怖いくらいに綺麗な顔で、
笑っているから。
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