愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「はぁ……」

乱雑に書類が散らかる机の上でパソコンの画面と書類を交互に見ていたひとりの女性は深いため息を吐いた。

「先輩、まだその事件気にしてるんですか?」

「まぁ色々気になる事があるからね」

「でも上の連中は足を滑らせた事故って事で終わらせるみたいですよ?」

刑事課のある一室で繰り広げられるやり取りの主はひとりの女性刑事、峰島涼子と峰島とコンビを組む土屋優人のふたりだ。

「馬鹿言うな、あれが事故な訳ないだろ。
発見時の仰向けの状態、後頭部からの出血、そして何よりあの状態で必死に何かを伝えようとしていたという教師の証言、あれは誰かに突き飛ばされて落ちたんだ」

断言する様に強く、しかし冷静に言い切る峰島に土屋は一瞬怯むもすぐに机に置かれている書類を手に取る。

「確かこの男の子を待ってたんでしたよね?
えっと、桐生一哉君でしたっけ?」

桐生一哉について調べた情報が纏められている書類をパラパラと見る土屋。

「うわ、この子あの桐生コンツェルンの一人息子じゃないですか!」

驚いた様に更に書類を読み進めていく土屋に峰島はまた大きなため息を吐く。

「今更だな、そんな事とっくに分かってた事だろう」

少し睨む様に土屋を見るも当の土屋はそんな峰島の視線に気づかずに更に声を上げる。

「しかも彼女持ち!
金持ちで頭も良くてイケメンで彼女持ちって!
めちゃくちゃ勝ち組じゃないですか!
彼女、どんな子ですかね?
やっぱり可愛いのかな?」

「今はそんな事関係ないだろう?」

呆れた様にそう言い捨てる峰島を尻目に土屋は机の端に置かれている書類を手当たり次第手に取り目を通していく。

「彼女の情報は調べていないからな」

「名前さえ分かればいいですから」

そう言ってパソコンに何か打ち込む。

「あ、出ましたよ!
うっわ、やっぱり可愛い。
めちゃくちゃ可愛いですよ!
マジで勝ち組ですね、桐生一哉」

「出たって……」

「彼女、同じ学校なら学校のホームページに載ってる可能性あるかなって。
桐生一哉みたいな勝ち組の彼女なら何かしら学校でも目立つ活動してそうじゃないですか」

少し得意気な顔をしている土屋に呆れ半分、そんな考えや視点もあるのかと驚きも半分含みながらパソコンを見る。

そこにはひとりの女子生徒が表彰されている写真が載っていた。
英語のスピーチで賞を取ったというその女子生徒は少しはにかみながらも笑顔で写っている。

「冬野柚葉、か……」

とても綺麗な女の子、それが峰島涼子が抱いた冬野柚葉への印象だった。
少し茶色がかった瞳は大きく、鼻筋は小さな顔の中心を綺麗にスッと通っている。
長く艶やかな黒髪に陶器の様に白い肌、写真で見る限りあまり背は高くなさそうだが細く華奢な身体は正に美少女という言葉がぴったりだ。
誰もが目を奪われるだろう、そんな雰囲気が彼女にはある。

桐生一哉も綺麗な顔をしている。
美男美女のふたりだ。
まわりから見たらこれ程にお似合いなふたりはいないだろう。

「いいなー、正に美男美女カップル!
しかも彼女まで頭良くて性格までいいとかもう非の打ち所のないふたりですよねー」

「性格までいいって何で分かるんだ?」

「ほら、ここ」

そう言って土屋が指さす場所を見る。
表彰の様子を記した1番下に書かれている一文にこう書かれていた。

「ボランティアにも力を入れており、普段から地域の清掃、幼稚園での読み聞かせ等活動している、か……」

「ここまで完璧だと逆に怖いですよねー、俺はもう少し砕けた感じの女の子がいいかなー」

「お前の好みは聞いてない」

「酷い!」

隣で喚く土屋に眉を潜めながらも、そんな土屋の発した言葉が峰島の胸に残った。

『ここまで完璧だと逆に怖い』

「……確かに」

「え?」

「冬野柚葉の完璧さだ」

そう言って峰島涼子は立ち上り椅子に掛けていたジャケットを片手に取り土屋に言った。

「調べるぞ、桐生一哉と冬野柚葉を」

刑事としての彼女の勘の様な物が働いたのか、
その目には確かな確信を秘めていた。

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