愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「さあ、入って」
そう言ってレトロな雰囲気漂うカフェのドアを刑事が開ける。
その瞬間、カランカランと懐かしい音が耳に心地よく入ってくる。
それと同時に珈琲の香りが鼻を擽る。

刑事の運転する車で連れて来られたのはカフェ、と言うより喫茶店といった方がしっくりくるそんな店だった。
最近のオープンスペースのカフェとは違って半個室の様に区切らた空間は話をしたい時にはピッタリだろう。

「いらっしゃいませ」

マスターと思われる初老の男性が穏やかな声と顔で出迎えてくれる。

「こんにちは、マスター。
いつもの席、空いてる?」

「はい、空いていますよ」

常連なのか、刑事とマスターは慣れた様に会話を交わす。

「こっちだよ」

言われるままに刑事に着いていく。
1番奥のその席は窓から明るい日射しが射し込んでいて俺は思わず目を細めた。
そんな俺を見て刑事はまた慣れた手つきでブラインドを降ろす。

「座って。まずは何か頼もうか。
コーヒーは飲める?」

「はい」

「そう、良かった。
ここのコーヒーは絶品だよ。
マスターが自ら海外に豆を買い付けにいってるからね」

そう言ってまた慣れた様にマスターにコーヒーを注文する。
人の良さそうなマスターは相変わらず穏やかな笑みを浮かべ俺にも一礼していく。

「……それで、川西さんが俺と会っていたって、どういう事ですか?」

のんびりこの人とお茶をしに来た訳じゃない。
川西さんの事件の真相が知りたい、
そして、
何故この人が柚葉の名前を出してきたのか、
それを知るためにこの人に着いてきたんだ。

「そうだね、まずは整理しようか」

そう言って刑事はメモ帳を広げる。

「口で説明するだけじゃ聞いてる側は途中で訳が分からなくなる事があるだろう?
だから私は状況を書き記しながら話すのが癖なんだ。
まずは君、桐生一哉君」

何も書かれていない真っ白なページの真ん中に俺の名前が書かれる。

「そして、今回の被害者
川西凛さん」

次に俺の名前の斜め上に川西さんの名前が書かれる。

「君と川西さんはクラスメイトで友人、
そして、川西さんの幼なじみの木下勇樹君もクラスメイトで君とも友人関係」

川西さんの斜め下、俺の隣に木下の名前を書き、それぞれの関係性の書き記していく。

「この3人には一見何にもおかしい所はない。
高校に入学して出会った君と木下君は席が近く、木下君の誰に対しても明るく無邪気な性格からすぐに仲良くなった。
そして、そんな木下君を通して君は川西さんとも仲良くなった」

そう、その通りだ。
何ひとつ間違っちゃいない。
なのに何故か俺の胸はドクドクと速く音を経てている。

「君と木下君は確かに高校に入学して出会った。
そこが初対面で間違いはない。
だけど、川西さんは違う。
君は川西さんともっと早くに出会っていた」

「それはないです、俺は本当に川西さんとは高校に入学してはじめて会って……」

「君が覚えていないのも無理はない。
君と川西さんがはじめて出会ったのは今から11年前、君達がまだたった5才の幼い子どもの時だからね」

!!?

俺と川西さんが、
子どもの頃に出会っていた……?

訳が分からずそれでも必死に頭をフル回転して記憶を探る。
だけど、やっぱり思い出せない。

「お待たせ致しました」

そんな俺の耳に穏やかで心地いい声が静かに、スッと入ってくる。
目の前に置かれたカップから漂うコーヒーの香りに少し胸が落ち着く。

「こちらのコーヒーの香りにはリラックスの効果もあります」

そう言って穏やかに微笑み一礼して去っていくマスターを眺める。

そんな俺を現実に引き戻す様に刑事は話を続ける。

「君と川西さんがはじめて出会ったのは君の父親の会社、桐生コンツェルンの60周年を祝うパーティーだ」

「え……?」

確かに父の会社は10年を区切りに盛大にパーティーを開いている。
俺が生まれてからそのパーティーは2回開かれている。
去年の70周年、そして俺が5才の時に開かれた60周年……。

「……確かに、俺が5才の時に60周年を祝うパーティーは開かれました。
だけどそのパーティーの参加者は桐生コンツェルンに関わりのある人達だけです。
川西さんの家は花屋でしょう?
父の会社と取引がある訳でもな……
!!!?」


……まさか、

「思い出したかい?
川西さんと出会った日の事を」

刑事の言葉がどこか遠くで聞こえる。


『一哉君って言うんだ!
私はね、凛だよ!』

頭の中で小さな少女が俺に屈託のない笑顔でそう言って笑っている。

……そうだ、俺は確かに、

「あの時の花屋の女の子が、
川西、さん……?」

川西さんに出会っていた。
ずっとずっと幼い子どもの頃。
柚葉と出会うもっともっと、前に。

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