愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る
⑮
家に着きドアに手をかける。
何も変わらないいつものドアノブがやけに重たく感じる。
「ただいま……」
小さく声を出し重たい気持ちのままリビングに向かう。
リビングのドアをそっと開けるとそこには母さんがひとり落ち着かない様子でソファーに座っていた。
俺の姿見て慌てて笑顔を作り
おかえり、といつもの様に声をかけてくれるが不安そうな表情を隠せていない。
「……父さんからすぐ帰るように言われたんだけど、父さんは……?」
「あ……、お父さんなら部屋で待ってるわ。
でも、そんなすぐいかなくても……。
お腹も空いてるでしょう?
まずはご飯を……」
「大丈夫だよ。
話があるって言われてるんだ。
早くいかないと父さん、母さんに当たり出すかも知れないし」
「一哉……」
母さんが俺に近づけない様にしていた癖に、俺に何かあると全て母さんの責任にする父さんだ。
ここでのんびりご飯なんて食べて父さんの話を後回しにしたら後から母さんが叱責されるだけだ。
それでも心配そうに俺を見る母さんに大丈夫だと笑って父さんの部屋へと向かう。
父さんの部屋の前に立ちドアをノックする。
「入りなさい」
時間的にもノックをしたのが俺だと分かっているんだろう、返ってきた簡潔なひと言に俺は大きく息を吐いてドアを開ける。
「失礼します」
中にいる父さんに向かってそう言って部屋に入る。
仕事の途中だろうか、部屋の奥にある机の前に立ち書類に目を通しているようだ。
「遅かったな、まあいい、座りなさい」
促されるままに部屋の中心にあるテーブルを挟んで置いてあるソファーに座る。
俺の向かい側のソファーに座った父さんはすぐに本題に入る。
「一哉、お前は来週から中学まで通っていた付属の学校へ通いなさい」
「え……?」
予想もしていなかった父さんからの言葉に俺はそれだけしか言えずにただ父さんを見ることしか出来ない。
「話はそれだけだ。
付属校には話は通している」
「……何故、急にそんな事を?」
そんな事急に言われても納得出来るはずがない。
俺は今の学校じゃなきゃ意味がないんだ。
川西さんにもまだ謝れていない。
川西さんが意識を取り戻して元気になってまた学校に通えるようになったら、
今度は本当の友達になりたい。
木下と川西さんと、昔話したように一緒に自由に遊んだりしたい。
そして何より、
柚葉がいる。
俺が今の学校を選んだのは柚葉といるためだ。
ずっとずっと柚葉といたい。
柚葉を守りたい。
それがあの時からずっと俺が誓ってきた事。
だって俺は柚葉のヒーローだから。
だけどそんな思いなんて全く知らない父さんはいつも以上に冷たく言い放つ。
「あの学校でお前が得る物は何もないと分かった。
本来ならお前は大学までずっと付属校に通うはずだったんだ。
あそこは私と付き合いのある人物達の息子も多く通っているのは知っているだろう?
将来を考えると今からコネクションをもっと広げて作っておくべきだ。
回り道やくだらない遊びをするのはもう十分だろう」
……得る物がない?
回り道、くだらない遊び?
そんな訳ないだろう!
俺が高校に入学してからどれだけ大切な物を得たと思っているんだ!
失いたくない、大切な友人が出来た。
俺が忘れていた昔の約束を守ろうとしてくれた友人。
そのためにあんな目に合ってしまった。
損得感情抜きでただ真っ直ぐ純粋に俺と接してくれた友人。
大事な友人だ。
一生の宝だ。
そんなふたりの友人に出会えたのは今の学校に入学したからだ。
そして柚葉と普通の高校生として過ごせる、
それは何ものにも変えられない。
そんな大事なものを、
簡単に失う訳にはいかないんだ。
「……しかし、今の学校はトップの進学校です。
授業のレベルもまわりの生徒のレベルも付属校より高いです。
それだけでも得る物はあるかと思います」
この父さん相手に友人等と言っても無下にされるだけだ。
なるべく冷静に父さんが納得出来るよう話をするが、
父さんは相変わらず顔色ひとつ変えずに言葉を返してくる。
「学力など優秀な家庭教師を雇えばすむ話だ。
とにかくお前は私の言う通りにすればいい」
「そんなめちゃくちゃな……!」
「私は仕事に戻る。
分かったな、来週からだ。
何ならもう今の学校にはいかなくていい」
「父さん!俺は……」
「仕事に戻る」
一方的に話を切り上げ父さんは部屋から出て言ってしまった。
ひとり取り残された部屋で俺は頭を抱える。
何で急にあんな事を言い出したんだ?
確かに受験する時、最初は反対していた。
だけど全国的にもトップの進学校だって事で父さんも最終的には了承していた。
なのに何で今になって……。
川西さんの件は知っている感じじゃなかった。
だったらあんな事を言い出した原因は何だ?
ふと思い立って言い出すような人じゃない。
何かしら理由があるはずだ。
……そういえば、この部屋に入るのは2回目だ。
あまり家に帰ってこない父さんが帰ってきた時に仕事をするための個人的な部屋だ。
母さんでさえ入った事はない。
掃除も自分でするからと普段誰も立ち入る事はない父さんだけの部屋。
そんな部屋に幼い頃一度だけ入れてもらえた。
大きな商談が決まって上機嫌だったのだろう、
俺の手を引き部屋へ入れてくれた。
その時はただ嬉しかった。
普段絶対に入れない父さんだけの部屋。
そんな部屋に父さんが入れてくれて、嬉しくて今と同じ場所に座ってキョロキョロとまわりを見渡すしか出来なかった。
父さんは珍しく笑顔で俺に話をしてくれた。
確か、将来の話とか仕事の話だったと思う。
普段家にいなくてあまり会う事もない父さんが俺と話をしてくれるだけで、ただただ嬉しかった。
あの頃は単純に嬉しさだけを感じていた部屋で
俺は今絶望を感じている。
父さんの言う事は桐生家では絶対なんだ。
俺も母さんも父さんの言う事に従うしか出来ない。
「クソっ……!!」
力任せにテーブルを叩く。
その瞬間、開けられていた窓から父さんを乗せた車が出ていく音が聞こえた。
……こんな時間からまた戻って仕事か。
いや、それとも税金対策のマンションにでもいくのか。
とりあえず自分の部屋に戻ろう、母さんも心配しているだろうし、
そう思い窓を閉めようとすると強い風が吹いた。
その途端、机の上の書類が部屋中に何枚か飛ばされた。
「……不用心に仕事の書類なんて置いておくなよ」
そう言いながらも飛ばされた書類を集めて机の上になるべく元の様に置いていく。
「ん……?」
ふと、机の隣の本棚が目に入った。
比較的新しいファイルやビジネス書なんかが並べられているその中に、えらく古いノートが一冊ある。
あまりに不釣り合いなそのノートに思わず手を伸ばした。
表紙は色褪せているが、何の変哲もないただの古いノート。
たまたま昔父さんが使っていたノートが紛れたのか、なんて思って元の位置に戻そうとした時、
ヒラリと何かがノートから落ちていった。
慌ててそれを拾い手に取る。
それは古い写真のようだ。
父さんの昔の写真かな、そう思い確認と興味本位から写真を見る。
「え……」
そこには、予想もしていない人物が写っていた。
いや、ひとりは予想していた通り、若い頃の父さんだ。
制服姿で写っているという事はもう30年以上前の写真だろう。
父さんも今とは変わっているが面影がある。
だけど、もうひとり、
父さんの隣で笑顔で写る女の子、
この人は……、
「柚、葉……?」
柚葉にそっくりな、
女の子だったんだ_。
何も変わらないいつものドアノブがやけに重たく感じる。
「ただいま……」
小さく声を出し重たい気持ちのままリビングに向かう。
リビングのドアをそっと開けるとそこには母さんがひとり落ち着かない様子でソファーに座っていた。
俺の姿見て慌てて笑顔を作り
おかえり、といつもの様に声をかけてくれるが不安そうな表情を隠せていない。
「……父さんからすぐ帰るように言われたんだけど、父さんは……?」
「あ……、お父さんなら部屋で待ってるわ。
でも、そんなすぐいかなくても……。
お腹も空いてるでしょう?
まずはご飯を……」
「大丈夫だよ。
話があるって言われてるんだ。
早くいかないと父さん、母さんに当たり出すかも知れないし」
「一哉……」
母さんが俺に近づけない様にしていた癖に、俺に何かあると全て母さんの責任にする父さんだ。
ここでのんびりご飯なんて食べて父さんの話を後回しにしたら後から母さんが叱責されるだけだ。
それでも心配そうに俺を見る母さんに大丈夫だと笑って父さんの部屋へと向かう。
父さんの部屋の前に立ちドアをノックする。
「入りなさい」
時間的にもノックをしたのが俺だと分かっているんだろう、返ってきた簡潔なひと言に俺は大きく息を吐いてドアを開ける。
「失礼します」
中にいる父さんに向かってそう言って部屋に入る。
仕事の途中だろうか、部屋の奥にある机の前に立ち書類に目を通しているようだ。
「遅かったな、まあいい、座りなさい」
促されるままに部屋の中心にあるテーブルを挟んで置いてあるソファーに座る。
俺の向かい側のソファーに座った父さんはすぐに本題に入る。
「一哉、お前は来週から中学まで通っていた付属の学校へ通いなさい」
「え……?」
予想もしていなかった父さんからの言葉に俺はそれだけしか言えずにただ父さんを見ることしか出来ない。
「話はそれだけだ。
付属校には話は通している」
「……何故、急にそんな事を?」
そんな事急に言われても納得出来るはずがない。
俺は今の学校じゃなきゃ意味がないんだ。
川西さんにもまだ謝れていない。
川西さんが意識を取り戻して元気になってまた学校に通えるようになったら、
今度は本当の友達になりたい。
木下と川西さんと、昔話したように一緒に自由に遊んだりしたい。
そして何より、
柚葉がいる。
俺が今の学校を選んだのは柚葉といるためだ。
ずっとずっと柚葉といたい。
柚葉を守りたい。
それがあの時からずっと俺が誓ってきた事。
だって俺は柚葉のヒーローだから。
だけどそんな思いなんて全く知らない父さんはいつも以上に冷たく言い放つ。
「あの学校でお前が得る物は何もないと分かった。
本来ならお前は大学までずっと付属校に通うはずだったんだ。
あそこは私と付き合いのある人物達の息子も多く通っているのは知っているだろう?
将来を考えると今からコネクションをもっと広げて作っておくべきだ。
回り道やくだらない遊びをするのはもう十分だろう」
……得る物がない?
回り道、くだらない遊び?
そんな訳ないだろう!
俺が高校に入学してからどれだけ大切な物を得たと思っているんだ!
失いたくない、大切な友人が出来た。
俺が忘れていた昔の約束を守ろうとしてくれた友人。
そのためにあんな目に合ってしまった。
損得感情抜きでただ真っ直ぐ純粋に俺と接してくれた友人。
大事な友人だ。
一生の宝だ。
そんなふたりの友人に出会えたのは今の学校に入学したからだ。
そして柚葉と普通の高校生として過ごせる、
それは何ものにも変えられない。
そんな大事なものを、
簡単に失う訳にはいかないんだ。
「……しかし、今の学校はトップの進学校です。
授業のレベルもまわりの生徒のレベルも付属校より高いです。
それだけでも得る物はあるかと思います」
この父さん相手に友人等と言っても無下にされるだけだ。
なるべく冷静に父さんが納得出来るよう話をするが、
父さんは相変わらず顔色ひとつ変えずに言葉を返してくる。
「学力など優秀な家庭教師を雇えばすむ話だ。
とにかくお前は私の言う通りにすればいい」
「そんなめちゃくちゃな……!」
「私は仕事に戻る。
分かったな、来週からだ。
何ならもう今の学校にはいかなくていい」
「父さん!俺は……」
「仕事に戻る」
一方的に話を切り上げ父さんは部屋から出て言ってしまった。
ひとり取り残された部屋で俺は頭を抱える。
何で急にあんな事を言い出したんだ?
確かに受験する時、最初は反対していた。
だけど全国的にもトップの進学校だって事で父さんも最終的には了承していた。
なのに何で今になって……。
川西さんの件は知っている感じじゃなかった。
だったらあんな事を言い出した原因は何だ?
ふと思い立って言い出すような人じゃない。
何かしら理由があるはずだ。
……そういえば、この部屋に入るのは2回目だ。
あまり家に帰ってこない父さんが帰ってきた時に仕事をするための個人的な部屋だ。
母さんでさえ入った事はない。
掃除も自分でするからと普段誰も立ち入る事はない父さんだけの部屋。
そんな部屋に幼い頃一度だけ入れてもらえた。
大きな商談が決まって上機嫌だったのだろう、
俺の手を引き部屋へ入れてくれた。
その時はただ嬉しかった。
普段絶対に入れない父さんだけの部屋。
そんな部屋に父さんが入れてくれて、嬉しくて今と同じ場所に座ってキョロキョロとまわりを見渡すしか出来なかった。
父さんは珍しく笑顔で俺に話をしてくれた。
確か、将来の話とか仕事の話だったと思う。
普段家にいなくてあまり会う事もない父さんが俺と話をしてくれるだけで、ただただ嬉しかった。
あの頃は単純に嬉しさだけを感じていた部屋で
俺は今絶望を感じている。
父さんの言う事は桐生家では絶対なんだ。
俺も母さんも父さんの言う事に従うしか出来ない。
「クソっ……!!」
力任せにテーブルを叩く。
その瞬間、開けられていた窓から父さんを乗せた車が出ていく音が聞こえた。
……こんな時間からまた戻って仕事か。
いや、それとも税金対策のマンションにでもいくのか。
とりあえず自分の部屋に戻ろう、母さんも心配しているだろうし、
そう思い窓を閉めようとすると強い風が吹いた。
その途端、机の上の書類が部屋中に何枚か飛ばされた。
「……不用心に仕事の書類なんて置いておくなよ」
そう言いながらも飛ばされた書類を集めて机の上になるべく元の様に置いていく。
「ん……?」
ふと、机の隣の本棚が目に入った。
比較的新しいファイルやビジネス書なんかが並べられているその中に、えらく古いノートが一冊ある。
あまりに不釣り合いなそのノートに思わず手を伸ばした。
表紙は色褪せているが、何の変哲もないただの古いノート。
たまたま昔父さんが使っていたノートが紛れたのか、なんて思って元の位置に戻そうとした時、
ヒラリと何かがノートから落ちていった。
慌ててそれを拾い手に取る。
それは古い写真のようだ。
父さんの昔の写真かな、そう思い確認と興味本位から写真を見る。
「え……」
そこには、予想もしていない人物が写っていた。
いや、ひとりは予想していた通り、若い頃の父さんだ。
制服姿で写っているという事はもう30年以上前の写真だろう。
父さんも今とは変わっているが面影がある。
だけど、もうひとり、
父さんの隣で笑顔で写る女の子、
この人は……、
「柚、葉……?」
柚葉にそっくりな、
女の子だったんだ_。