愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る
⑯
写真を見つめたまま俺はその場を動けずにいた。
父さんと一緒に写っている柚葉そっくりの女の子。
……見れば見る程柚葉と見間違う程によく似ている。
長く艷やかな黒髪、陶器の様な白い肌、茶色がかった大きな瞳、スッと高く通った鼻筋、
父さんとの身長差から考えて身長は160cmないだろう。
そんな所まで柚葉と同じだ。
そんな柚葉そっくりの女の子の隣で父さんはそれは穏やかに幸せそうな笑顔をしている。
俺も、そして恐らく母さんも見た事がない父さんの顔だ。
「一哉?」
まだ頭が混乱している中、急に耳に入ってきた俺の名前を呼ぶ母さんの声。
驚いて振り向くと母さんがドアの前で遠慮がちに立っていた。
「ごめんなさい、驚かせて。
ノックをしても返事がなかったから……」
ノックの音に気づかない程に俺はこの1枚の写真に夢中になっていたのか……。
「ああ、ごめん。
ちょっと考え事してて」
そう言いながら写真を見られない様に後ろ手に隠す。
「そう……、それはそうよね、いきなりあんな話されたら誰だって驚いてどうしたらいいか悩むわよね」
「母さん、父さんが俺に何の話をしたか知っているの?」
「ええ、今日急に帰ってきたと思ったら開口一番、一哉はまだか?って聞かれて。
父さんが急に帰ってくるのも一哉に話があるのも珍しいでしょ?
どうしたのか聞いたら一哉は前の付属校に戻すって言うものだから驚いちゃって。
……だからつい言ってしまったの、
一哉は今の学校で凄く楽しそうにしている、
成績も落ちていないし、何よりいいお友達もいるみたいだから、このまま卒業まで通わせてあげて下さいって」
自分の実家の事や立場から父さんに意見をしたり、ましてや父さんの言う事に逆らう事なんて一切なかった、
いや、一切許されなかった母さんが、
俺のために父さんに初めて意見を言ってくれた、
逆らってくれた、
そして何より、
俺が今の学校で大切な友達が出来て楽しく過ごしていると分かってくれていた、
それが凄く嬉しくて、
手の中にある写真を思わず強く握ってしまった。
「……ありがとう、母さん。
俺も今の学校に卒業まで通いたいって思ってる。
だから父さんには俺からまた頼んでみるよ」
「なら私も一緒に父さんにお願いするわ。
ふたりでお願いしたら案外父さんも聞いてくれるかも知れないし!」
それはない。
父さんは俺の訴えも願いも自分の意にそぐわないなら全て跳ね返す。
絶対に受け入れない。
それは母さんに対しても同じだ。
俺も母さんも、父さんにとっては桐生コンツェルンのためのただの駒なんだから。
「大丈夫、俺の事だし俺が父さんに話すよ」
「でも……」
「それよりお腹空いたし、ご飯にしようよ」
これ以上母さんに下手に不安を与えない様になるべ明るくそう言って笑顔を作る。
「あ、そうね、そうよね。
もうこんな時間だもの、お腹空くわよね。
ごめんね、すぐ用意するわね」
そう言って部屋から出ていく母さんを見届けて、
俺は写真と写真が挟まっていたノートをそっと持ち出した。
夕御飯を食べお風呂に入り、部屋に戻り改めて一冊の古いノートを手に取る。
過去なんていちいち振り返ったりしても無駄だ、
思い出に浸るなんて弱者のやる事だ、
なんて昔からそう言い切っている父さんが今でも残しているノートと写真。
古いノートは色褪せていて、
ページはよれていて何度も読み返した事が想像出来る。
……父さんのプライバシーに関わるものだ。
いくら親子とはいえ、父さんの過去にずかずかと土足で踏み込む様な事はしちゃいけない。
それ位分かってる。
だけどこのままだと俺は父さんの言うがままに学校を変わる事になる。
それだけは絶対に避けたい。
もしも、このノートを見る事で父さんの弱味を握る事が出来たら……?
最低だ、
心の底から軽蔑するやり方だ。
人の弱味を握って自分の思い通りに事を運ぼうとするなんて。
そう思いながら、指はページを捲っていった。
父さんが学校を変われなんて言うから、
父さんが無防備にあんな所に置いているから、
何て言い訳しながら、
本当は少しの興味本位もあった事に、
気づかない振りをして。
……だけど、
やっぱり知らない方がいい事ってあるんだよな。
たった一冊のノートを読み終わる頃、
俺に残されていたのは絶望だけだった。
父さんと一緒に写っている柚葉そっくりの女の子。
……見れば見る程柚葉と見間違う程によく似ている。
長く艷やかな黒髪、陶器の様な白い肌、茶色がかった大きな瞳、スッと高く通った鼻筋、
父さんとの身長差から考えて身長は160cmないだろう。
そんな所まで柚葉と同じだ。
そんな柚葉そっくりの女の子の隣で父さんはそれは穏やかに幸せそうな笑顔をしている。
俺も、そして恐らく母さんも見た事がない父さんの顔だ。
「一哉?」
まだ頭が混乱している中、急に耳に入ってきた俺の名前を呼ぶ母さんの声。
驚いて振り向くと母さんがドアの前で遠慮がちに立っていた。
「ごめんなさい、驚かせて。
ノックをしても返事がなかったから……」
ノックの音に気づかない程に俺はこの1枚の写真に夢中になっていたのか……。
「ああ、ごめん。
ちょっと考え事してて」
そう言いながら写真を見られない様に後ろ手に隠す。
「そう……、それはそうよね、いきなりあんな話されたら誰だって驚いてどうしたらいいか悩むわよね」
「母さん、父さんが俺に何の話をしたか知っているの?」
「ええ、今日急に帰ってきたと思ったら開口一番、一哉はまだか?って聞かれて。
父さんが急に帰ってくるのも一哉に話があるのも珍しいでしょ?
どうしたのか聞いたら一哉は前の付属校に戻すって言うものだから驚いちゃって。
……だからつい言ってしまったの、
一哉は今の学校で凄く楽しそうにしている、
成績も落ちていないし、何よりいいお友達もいるみたいだから、このまま卒業まで通わせてあげて下さいって」
自分の実家の事や立場から父さんに意見をしたり、ましてや父さんの言う事に逆らう事なんて一切なかった、
いや、一切許されなかった母さんが、
俺のために父さんに初めて意見を言ってくれた、
逆らってくれた、
そして何より、
俺が今の学校で大切な友達が出来て楽しく過ごしていると分かってくれていた、
それが凄く嬉しくて、
手の中にある写真を思わず強く握ってしまった。
「……ありがとう、母さん。
俺も今の学校に卒業まで通いたいって思ってる。
だから父さんには俺からまた頼んでみるよ」
「なら私も一緒に父さんにお願いするわ。
ふたりでお願いしたら案外父さんも聞いてくれるかも知れないし!」
それはない。
父さんは俺の訴えも願いも自分の意にそぐわないなら全て跳ね返す。
絶対に受け入れない。
それは母さんに対しても同じだ。
俺も母さんも、父さんにとっては桐生コンツェルンのためのただの駒なんだから。
「大丈夫、俺の事だし俺が父さんに話すよ」
「でも……」
「それよりお腹空いたし、ご飯にしようよ」
これ以上母さんに下手に不安を与えない様になるべ明るくそう言って笑顔を作る。
「あ、そうね、そうよね。
もうこんな時間だもの、お腹空くわよね。
ごめんね、すぐ用意するわね」
そう言って部屋から出ていく母さんを見届けて、
俺は写真と写真が挟まっていたノートをそっと持ち出した。
夕御飯を食べお風呂に入り、部屋に戻り改めて一冊の古いノートを手に取る。
過去なんていちいち振り返ったりしても無駄だ、
思い出に浸るなんて弱者のやる事だ、
なんて昔からそう言い切っている父さんが今でも残しているノートと写真。
古いノートは色褪せていて、
ページはよれていて何度も読み返した事が想像出来る。
……父さんのプライバシーに関わるものだ。
いくら親子とはいえ、父さんの過去にずかずかと土足で踏み込む様な事はしちゃいけない。
それ位分かってる。
だけどこのままだと俺は父さんの言うがままに学校を変わる事になる。
それだけは絶対に避けたい。
もしも、このノートを見る事で父さんの弱味を握る事が出来たら……?
最低だ、
心の底から軽蔑するやり方だ。
人の弱味を握って自分の思い通りに事を運ぼうとするなんて。
そう思いながら、指はページを捲っていった。
父さんが学校を変われなんて言うから、
父さんが無防備にあんな所に置いているから、
何て言い訳しながら、
本当は少しの興味本位もあった事に、
気づかない振りをして。
……だけど、
やっぱり知らない方がいい事ってあるんだよな。
たった一冊のノートを読み終わる頃、
俺に残されていたのは絶望だけだった。