愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

朝、学校へいく振りをして俺はいつもと反対の道へと歩く。

空は雲ひとつなく晴れ渡っている。
俺とは正反対だ。

仕事へと急ぐ人、自転車で登校している中学生、列を作って歩く小学生。
どんな気持ちで歩いているのだろうか。
友達と話しながら笑顔で歩く学生は楽しそうだ、
反対にスーツを着て恐らくこれから会社へと向かっているであろう大人は何だか疲れた顔をしている。
同じ朝、同じ空の下を歩いているのに、
その顔も気持ちもそれぞれだ。

そんな中たくさんの大人が吸い寄せらる様にひとつの高いビルへと入っていく。
大人に交ざり俺もビルへと入り受付へ向かう。
警備員が俺を見て少し驚いた顔してをして会釈をしてくれる。
俺も同じ様に会釈を返し、受付にいる女の人へ用件を伝える。

「すみません、社長の桐生一仁(かずひと)に会いに来ました、息子の…」

「桐生社長に、ですか?
…失礼ですけど学生ですよね?
社長はお忙しいので学生の相手は出来ないかと…」

俺の言葉を最後まで聞かず遮り、ジロジロと不躾な視線で俺を見る受付の女の人。
見た感じまだ若い、新卒だろう。
なら俺の事なんて知らなくても当たり前だ。
だから最初はちゃんと名乗ろうとしたんだけど。

「おや?もしかして一哉君ですか?」

不意に後ろから名前を呼ばれ振り向くとそこには父さんの秘書を長年務めている高橋さんがいた。

「おはようございます、高橋さん。
お久しぶりですね、お元気でしたか?」

「ええ、一哉君も元気そうで何よりです。
今日はお父様に会いに来たのですか?」

「はい、少し父と話がしたくて。
朝早くからご迷惑だとは思ったのですが」

「いえいえ、お父様も喜びますよ」

それはない、だけど全く悪意のない笑顔で穏やかに話す高橋さんに形だけでも笑顔を返す。

受付の女の人は訳が分からないという様に俺を見ているが、後から来たもうひとりの受付の女の人から俺が社長の息子だと聞いたのだろう、
今度は真っ青な顔で俺を見ていた。

「それではいきましょうか、
あ、社長へ連絡しといてくれますか?
ご子息が訪ねて来られていると。
私がお部屋まで案内する事も」

高橋さんは相変わらず穏やかな笑みと声で受付の女の人にそう声をかけ、そのまま俺とエレベーターへと乗り込む。

「初めてですね、一哉君が本社を訪ねてくるのは」

「ええ、そうですね」

俺が物心つく頃には高橋さんは父さんの秘書として常に父さんの側でサポートしていた。
それはもうきめ細やかに。
まだまだ幼なかった頃の俺に対しても常に敬語で穏やかな笑顔で話してくれるこの人が俺は昔から好きで信頼している。

「とても大切な話があるのでしょう。
お部屋には誰にも入らない様にしておきますね。
安心してゆっくりとお話下さい」

そう言ってエレベーターを降りて真っ直ぐに父さんの待つ社長室へと向かう。

警備員が高橋さんと俺に会釈をし、高橋さんはセキュリティーカードをかざす。
その瞬間1枚のドアが開く。 

その奥にはまた1枚のドア。
先程のドアとは違い、重厚なドアは見るからに重そうだ。

「失礼します、高橋です」

ノックをし、そう言って重たいドアを開ける高橋さん。
父さんの返事を待たなくていいのは高橋さんだけだと聞いた事がある。
父さん自らの希望だそうだ。
あの父さんがそんな事を言える相手、
羨ましいと思えるのは
俺がまだ父さんに対して微かにでも家族としての情があるという事だろうか。

重たいドアが開かれる。
この広い部屋の奥に父さんがいる。

さあ、父さん。
話をしようか。

この古いノートと写真の女の子について。
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