愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

冷たく重い空気が部屋を覆う。
息を吸うのも憚れる。

そんな重い空気を裂くように父さんが深く息を吐いた。

そしてゆっくりと写真を手に取る。

「……お前にだけは知られてはいけないと思っていた」

ポツリと溢れた言葉は今まで聞いた事のない、
苦悩に満ちた声だった。

「だが、いつまでも隠し通す事は出来ない事も分かっていた。
それでも知られてはいけない、絶対に隠し通さなければいけないと……。
だからお前をあの学校にこのまま通わせる訳にはいかなかった」

「……それは、どうして……」

本当は分かっている。
だけど、父さんの口から話してほしかった。

「このノートの中身を見たのなら分かっているのだろう?
……お前を、
梓葉の娘、冬野柚葉から引き離すためだ」

父さんの口から話してほしかった、
それは本心だ。
だけど、こうもはっきりと言われると想像以上にショックを受けている自分がいた。

「お前はあの娘と一緒にいてはいけない。
あの娘は私を憎んでいる。
そしてその憎しみは一哉、お前に歪んだ形で向かっている。
あの娘と一緒にいるとお前は必ず不幸になる」

「そんな事……」

「分かるんだ。
……あの娘は、
梓葉の娘は、私が梓葉を殺した事に勘づいている。
そしてその事を身を持って命懸けで私に教えてくれたのは一哉、
お前の友人だという川西凛さんだ」

「……え?」

父さんは、
川西さんを、知っている……?

身を持って?
命懸けで?

それは……、一体……。

「……父さん、お願いです。
全て、話してくれませんか?」

まだ頭の中はめちゃくちゃだ。
解く事が出来ない程にこんがらがっている。
それでも口をついて出たのは、
真実を求める言葉だった。

このノートには父さんは幼い頃に柚葉の母親と出会い、桐生の人間にバレない様にこっそりと内緒でつきあっていた事、幸せだった日々の事、だけど父親にバレて、政略結婚のため無理矢理別れさせられた事、
そして、何年という月日を跨いで再会した時には梓葉さんは精神的にも肉体的にも病んでいたという事、
そして……

梓葉さんを殺したという客観的な事実しか書かれていなかった。

「知りたいんです、どうしてたったひとり、唯一愛した女性に手をかけたのか。
同じ血を分け合った女の子を、俺も好きになったから…」

そしてこれは母さんに対しての裏切り行為だ。
母さんは最初は父さんを愛そうとした。
俺が生まれてからは家族として幸せになれると信じていた。
いくら政略結婚とはいえ、父さんはずっとずっと、
母さん以外の女の人しか愛してなかった。
それは手をかける程に重く。

「話して下さい、
俺がこれから迷わず生きていくためにも。
そして、
……幸せな家族になれると信じてずっと頑張ってきた母さんのためにも」

俺の言葉に父さんは深く椅子に座り直し、
もう一度、深く息を吐いた。

そしてゆっくり頭を上げ、真っ直ぐに俺を見る。

「……血は争えないな。
やはりお前は私の息子だよ」

そう言って父さんは目を閉じた。

そしてゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

それはまるで過去に戻るかの様に、
ゆっくり、ゆっくりと。

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