愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

毎日毎日同じ事の繰り返しだ。
そんな事を思いながら僕は今日もいつもと同じ日々を過ごす。 

桐生コンツェルンの跡取りとしてこの世に生を受けた僕は毎日毎日息苦しい思いをしながら生きている。
家では母親の監視が厳しく常に勉強させられる。
通う学校は大学までエスカレーター式に上がる一貫校、多額の寄付をしている事もあり教師陣は僕の機嫌を取るように媚へつらう。
それは僕の後ろに父親とお金があるからだろう。
クラスメイトも似たような境遇。
お互い決められたレールの上をただ歩くだけ。
そんな毎日、息苦しくて当然だ。

だけど、そんな境遇に抗う力も勇気も考えもない僕は今日もただいつもと何1つ変わらない1日を過ごして終わるはず、だった。

「封鎖中、か…」

学校からの帰り道、いつも通る道には工事中のため迂回を促す看板が立っていた。
仕方なく踵を返し案内通りに迂回する道を歩いて行く。

そういえば初めて歩くな、この通り、
何て思いながら少し辺りを見渡す。
いつも車の通りもそれなりにあり店も多く、騒々しい通りを歩いていたけれど、
一歩遠回りするだけでこんなにも景色が違うのかと驚いた。

そこまで狭い道ではないけれどあまり車の通りはなく、ゆっくりと歩く人達、緑が多く自然が溢れる街路樹、
ぽつりぽつりと個人商店のお店があるだけで何だかゆっくりと時間が流れている様な、そんな不思議な空間が流れている様に感じた。

しばらく歩いてると一際目を惹く建物に気づく。
大正モダンとでも言うのだろうか、
建物自体は少し古さがあるが光を浴びて輝くステンドグラスがとても鮮やかで綺麗で、
僕は何故か目が離せずにボーッと突っ立って見入ってしまった。

……ああ、そういえばもう随分昔、
僕がまだ幼い頃に一度だけ両親と出掛けた時に似たような建物を見たなぁ。
仕事人間の父に家族サービスなんて考えは全くなく、
母もとにかく僕を跡取りとして立派に育てなければという、僕とはまた違う、別のプレッシャーを父や桐生の人間から与えられいつもピリピリとした空気を纏い余裕がなかった。

そんな中、本当にただの気まぐれだろう、 父が急に家族で出掛けると言い出したのだ。
あまりにも急な発言、そして全く予想していなかった言葉に驚きもあったが
それ以上に嬉しかった。

休日は家族で出掛ける、
何て自分の身に起こる訳がないと思っていたから。
そんなもの、テレビや物語の世界だけだと思っていた。

父は当時話題だった建築文化等を見せてくれた。
本の中で見ていた世界が目の前にある現実が嬉しくて珍しく年相応にはしゃいだのを覚えている。  
いつもは眉間に皺を寄せて目を吊り上げている母が、
眉まで下げて穏やかに微笑んでいたのも嬉しかった。
そして何より、
父がしっかりと僕の手を掴んで歩いてくれたのが、
涙が出る程に嬉しかった。

そうか、あの時見惚れたステンドグラスに似ているんだ、
何て単純で滑稽な理由だ、
僕にもそんな懐かしく嬉しく思える様な感情が残っていたのか、なんて自嘲気味な笑いがもれる。
懐かしく思えたこの建物はどうやら図書館みたいだ。


理由さえ分かればそれでいい、
早く帰ろう、
家庭教師が来るまでに帰らないとまた母の機嫌が悪くなる。

そう思い歩き出そうとした僕の前に誰かが飛び込む様に横切ってきた。
それはあまりに突然で避けきれず思いっ切りぶつかってしまった。

……これが、
僕と梓葉の運命を変えるだと、
この時はまだ知らなかった。

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