愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

梓葉に一方的に別れを告げてもう15年。
長いのか短いのかも分からない。

この15年の間、僕達は一度も会う事はなかった。
僕から一方的に別れを告げた時、
梓葉は泣きながら拒んだ。
嫌だ、別れたくない、
大好きなのに、もう二度と会えないなんて嫌だ、
そう言って顔をぐしゃぐしゃにしてボロボロと涙を流した梓葉の事は忘れられない。
そんな梓葉を抱きしめたかった、
梓葉の手を取ってこのまま2人で逃げられたらと、
そう思った。

だけど、そんな事出来る訳ない。
梓葉には僕と違って梓葉の事を心から大切に思い、愛して育ててくれた両親がいる。
僕が梓葉を連れて逃げようものなら、桐生の人間は梓葉の父親が経営する工場をすぐに潰すだろう。

『僕は桐生の人間だ。
将来がある。
いつまでも君みたいな世界の違う女と遊んでなんかいられないんだ』

そう告げた時の梓葉の絶望した顔も、
僕は一生忘れられないだろう。

そんな酷い事を言った僕に対して、

『私は、ずっとかず君が好きだよ。
だから、だからね、かず君……
幸せに、なってね。
ありがとう、かず君』

そう言って涙でぐしゃぐしゃの顔でそれでも笑ってくれた事も、
僕は一生忘れないだろう。

高校を卒業してすぐに僕は父親の勧める相手と見合いをした。
相手は華族出身の女性だった。

『泉谷詩織《いずみやしおり》と申します』

見合いの席でそう名乗った彼女は綺麗な女性だった。

元々農家出身の桐生の家にとっては格好の相手だった。 
お互い利益優先の政略結婚、そこに愛なんてあるはずもなかった。 
父親同士がやれ婚約だ結婚だと勝手に決めていき、大学を卒業してすぐに僕は結婚した。 

結婚してからも僕の心の奥底にはいつも梓葉がいた。

元気にしているだろうか、
困る様な事はないだろうか、
悲しい事はないだろう、
苦しむ様な事はないだろうか、
笑っているだろうか、
幸せに、生きてくれているだろうか、

そんな事ばかり考えてしまう。

僕が結婚してから2年後、梓葉もまた両親の勧める相手と結婚したと聞いた。
元々梓葉の父親が経営する工場で働いていた男だった。
高校卒業後すぐに工場で働き出したその男は仕事一筋で
ギャンブルも女遊びも一切しない、
絵に描いた様な真面目で大人しい男だ。
そんな男を気に入っていた両親に勧められるままに結婚したらしい。

お互い両親が勧める相手と結婚したが、
梓葉はその男と慎ましくも幸せに過ごしていた。
それだけで僕の中にある罪悪感は少し薄れた。
あの日、梓葉を泣かせた罪悪感が。

反対に僕達夫婦の仲はどんどんと冷え込んでいった。

愛のない結婚だが、詩織は桐生の家に嫁いだ者として、僕の妻としての責務を懸命に努めてくれていた。
そんな詩織に対して梓葉を忘れられない事に対する罪悪感、後ろめたさがあった。
そんな思いを打ち消す様に僕は寝る間も惜しんで仕事をしていた。
僕が桐生コンツェルンをもっと大きくしていかないと、
詩織の家に充分なお金を支払えなくなる、
親の言うままに桐生の家に嫁いでくれた詩織に贅沢で満足な生活をさせてあげられなくなる、
愛のない結婚だけど、せめてお金の苦労だけはさせない様に、
そう思っていた。
それが詩織のためだと思っていた。

だけど、僕が仕事に打ち込めば打ち込む程に、
充分なお金を渡せば渡す程に、
詩織はいつも表情を曇らせる様になった。
そんな雰囲気で2人で過ごす内に言い争いも増えた。
しかしいつしか言い争う事もなくなった。
僕が仕事ばかりで言い争う時間も取らなくなったのだ。

それでも跡継ぎが必要だ。
僕達はお互い利益のためだけに仮面夫婦として過ごしていた。

一哉の生まれた後もそれは変わらなかった。
いや、更に酷いものになった。
詩織から一哉を奪った桐生のやり方に詩織が僕を憎むのも当然だ。
僕もこの頃には桐生コンツェルンの事しか考えられなくなっていたため、跡継ぎの一哉を桐生の人間が育てるのは当たり前だと思っていた。

僕達はいつからかお互いを嫌悪するまでになっていた。


そんな中、
僕と梓葉の時間がまた、動き出す。

 
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