愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

外に出ると空は夕日に照らされオレンジに染まっていた。

図書館に入る前とは違って頬を撫でる風も涼しく心地良さを感じる。

そして図書館に入る前との1番の違いは、つい数時間前まで全く知らない他人だった女の子がまるで昔からの友達であるかの様に俺の隣に立っている事だ。

「綺麗な夕焼けだねー」

不意に隣から聞こえた声に彼女を見ると、同じタイミングで彼女は夕日から俺へと視線を移した。

バッチリと目が合う。

緩やかに笑う彼女は夕日に照らされて頬が少しオレンジに染まっている。

「帰るんだよね?
家どっち?」

「あ、えっと……、あっちだけど……」

指を指して帰る方向を指し示すと彼女は少し悲しそうに眉を下げた。

「そっか、私はこっちだから逆だね」

その言葉に俺も何だか少し悲しい気分になる。

「じゃあね」

そう言って踵を返して歩いていく彼女の腕を思わず掴んで彼女を引き止める。

「どうしたの?」

振り向いて今度は少し驚いた顔を見せる彼女を見て、俺も自分の行動に驚く。

今日はじめて会っただけの女の子、そもそもそんなに沢山話したりした訳でもない。
正直全くの他人と言ってもいい位だ。

だけど、俺は何故か彼女の事が気になった。

初めての道、初めての図書館、初めての寄り道、そんな中で出会った女の子、
そんな非日常に少し高揚していたのかも知れない。

「あ、あのさ……」

引き止めた手前何か言わなきゃと思うのに上手く言葉が出てこない。

言い訳じゃないけど俺は普段はコミュニケーション力はある方だ。
人見知りしないし誰とでも気さくに話せるためクラスに欠かせない存在だとまわりの大人からも評価されている。

それなのに何故か彼女の前だと上手く話せない。

「……冬野柚葉」

「え……?」

彼女の腕を掴んだまま何も言えない俺を気遣ったのか、彼女はポツリとそう言った。

「私の名前、冬野柚葉だよ。
君は?」

驚いた顔からまた緩やかな笑みを浮かべて彼女はそう聞いてきた。

「あ、俺は、えっと……、桐生一哉、です」

「一哉君、ね!」

そう言って笑う彼女に俺の心臓がまた大きく音を立てた。

「よろしくね、一哉君!」

そう言って俺が掴んでいない方の手を差し出す。

「あ……、うん」

そこでようやく彼女の腕を離して差し出された手を握る。

「柚葉でいいよ、私も一哉君って呼ぶから」

相変わらず緩やかに笑いながらそう言ってくる彼女、柚葉。

「一哉君、次はいつここにくるの?」

「えっと、多分明後日かな……」

「じゃあ明後日待ってるね、じゃあまたね、一哉君!」

そう言って俺の手を離して今度こそ去っていく柚葉の後ろ姿を俺はランドセルの肩紐をぎゅっと掴んで見ていた。



……思えばこの時から柚葉は俺を夢中にさせていたんだろう。

柚葉はスッと俺の中に入ってきた。
何の違和感もなく、ごく自然に。

もしかしたらお互い親に対して何かしらの思いを持つ者同士が感じる何かがあったのかも知れない。

俺は気づかなかったそれを、柚葉は気づいていたのかも知れない。
それを拾い上げ、そして無邪気に俺の中に住み着いた。

柚葉のあの緩やかな笑顔はいつまでも俺を離さなかった。

少し眉を下げて緩やかに笑う柚葉は今でも俺の中にいる。

死ぬ直前に見せた、緩やかな笑顔の柚葉が。

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