愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

風が冷たい空の下、私達は病院の入院患者用の庭にあるベンチに一緒に座る。

……もう、何年経つのだろうか。
梓葉と別れたあの日から、私達は一度も会う事はなかった。
長い年月は私達を随分と変えた。
見た目も、環境も。

隣に座る梓葉の身体は痩せこけ、顔色も青白い。

……しばらく抱き合った後、とにかくゆっくり話したくて病院内の談話室にいこうと提案したが、梓葉は首を横に振り拒否をした。

『病院の中は嫌、外にいこう』

そう言って点滴を引きながら外に向かって歩く梓葉に私はただ付いていく事しか出来なかった。

寒い外だと梓葉の身体が気になる。
まだ何故入院しているのかも分からない。
寒さが身体に障らないのか、
そんな心配をはね退けるかの様に梓葉は笑って私を真っ直ぐに見る。

「どうして、私に会いに来てくれたの?」

青白い顔、
だけど、梓葉の笑顔はあの頃と変わらない、
向日葵の様な笑顔だ。
そんな梓葉の笑顔に安心し、何だか昔に戻った気持ちになる。

「……梓葉の事、忘れた事なんてなかった。
ただ、梓葉が幸せでいてくれたらって、そう思ってた。
だけど、梓葉が入院しているって聞いて居ても立っても居られなくて……」

「私を振ったの、かず君なのよ?」

「……本当、そうだね。
あの時、梓葉を傷つけたのは僕なのに……」

「あ、違うの!
責めたい訳じゃないの。
……何でかず君が別れを告げたのか、分かってるから」

「え……?」

「かず君、あれだけ大きな会社の跡取りだもの。
私みたいな工場の娘とつきあいを許される訳ないものね。
あの頃は分からなかったけど、今は分かるわ」

そう言って梓葉は少し寂しそうに微笑んだ。

「……それでも僕は梓葉と一緒にいたかった。
例え全てを捨てる事になっても梓葉と一緒にいたかった……」
 
「……うん、それでもかず君は私のために自分が悪者になって別れたのよね。
私と、私の両親や工場のために。
私が下手に未練を持たずに未来を歩いていけるように。
……ありがとう、かず君。
かず君があの時はっきりと私を振ってくれたから、私はあの後前を向いて歩いていけた」

「梓葉……」

「幸せだったの。
結婚して娘にも恵まれて。
……だけど、その幸せも、
もう、駄目みたい……」

そこまで話すと梓葉は俯いて口を閉じる。

「……駄目って、どうして?
何があったんだ?
……梓葉が入院している事と関係あるのか?」

私の言葉にゆっくり首を縦に振る。

「……何か重い病気、だったりするのか?
もしそうなら僕も協力するから諦めずに治療したら……」

「違うの……、
違うのよ……」

「じゃあ何が……」

「私はもう、誰からも必要とされない人間なの……!」

そう言うと梓葉の大きな目から涙が流れては落ちていく。

必要とされない?
梓葉が?
何故……。

「……梓葉、ゆっくりでいい。
何が君をそこまで苦しめているのか、教えてくれないか?」

ゆっくりと梓葉の手をとり梓葉の目を見て話す。
握った手はやっぱり折れそうな程に細くて胸が痛い。

「……話したら、かず君は、
……私を助けてくれる?」

「当たり前だろう?
僕だけは何があろうと梓葉の味方だよ」

「嬉しい、かず君……」

そう言って柔らかく微笑んだ梓葉は、
昔と変わらない、
向日葵のようだった。

私が愛したたったひとりの、

私だけの向日葵。
 
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