愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「何だか夢みたい」

私の運転する車の助手席に乗る梓葉がぽつりとそうこぼす。

「夢?」

「うん。
……私の知るかず君は高校生のかず君で止まってるから、こうやってかず君が運転する車の助手席に乗ってるのも、大人になった私達がこうやってふたりで居るのも、あの頃は想像もしてなかったから。
……夢みたいだなぁって」

そう言って少し恥ずかしそうに笑う梓葉。

「……そうだね、あの頃はこうして梓葉と一緒にいられるなんてもう二度とないと思っていたよ」

「……ねぇ、少しだけあの頃に戻らない?」

「え?」

「あの頃みたいにふたりで手を繋いで歩くの。他愛もない事を話しながら。
途中でアイスを食べたりしてもいいわね」

いい事を思い付いた、なんて思わせる笑顔でそう言って私の手を取る梓葉。

「……そうだね、戻ろう、あの頃に」

車を停め梓葉と手を繋いで他愛もない事を話しながら歩く。
途中でアイスを食べるのも忘れずに。
私は甘い物はあまり得意じゃないのもありいつも無難にバニラを選ぶけれど、甘い物が大好きな梓葉はいつも色んな味を試していた。
そして何を食べても美味しいと、本当に美味しそうな笑顔を浮かべる梓葉が可愛くて可愛くて。
そうだ、あの頃はこんな時間がずっとずっと続くと信じていた。
私も、梓葉も。



どれ位の時間が過ぎたのだろうか、もう辺りは暗闇に包まれている。

「……かず君、少し待ってて」

ふと立ち止まり梓葉は私の手を離した。

「最後に電話、してくるね」

そう言って少し離れた所にぽつんと置かれている公衆電話を指差す。
そうか、お互い全てを捨ててきたから携帯もなかった。

少し、本当に少しだけ話をした様子で梓葉は戻ってきた。
受話器を手に取り、本当に少しだけ話した感じで受話器を下ろした。

「さ、いこう」

「もういいのか?
娘さんと話したんじゃ……」

梓葉が最後に話したい相手は娘しか思い浮かばなかった。
だけど梓葉は笑って私が手を引く。

「うん、もういいの、大丈夫」

そう言った梓葉の声が少し震えていた事に、
その笑顔が一瞬悲しそうで、寂しそうな事に、


この時、気づけていたら、

今とは違う未来があったかも知れない。
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