愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

私達が選んだのは海に飛び込む事だった。
海の近くにある高い崖の上からふたりで手を繋いで飛び降りよう、そう決めた。
車を降りてふたりで手を繋いで歩く。
不思議と恐怖はなかった。


……詩織や一哉の事が頭を霞めていった。
だけどすぐに消していく。
私にはふたりの事を思い出す権利もない。
それに、全てを捨てて私達はふたりで死のうと決めたのだから。

「ここから、飛び降りよう」

立ち止まりそう言って梓葉は私を真っ直ぐに見つめる。
その目はただただ、綺麗だった。
昔と変わらない、少し茶色がかった大きな目は暗闇に包まれているこの瞬間さえ、明るい陽の下にいるかの様に眩しい程に輝く。
最期にこの目にうつる梓葉が、
笑っています様に。
そう強く思いながら私達はお互い何も言わずにただただ強く、手を握った。

ふと梓葉の手の力が和らいだ。

「……そろそろ、いこうか」

「ああ、
……いこう」

その言葉を口に出した瞬間、後ろから眩しい位のライトの明るさが私達を照らし、大きなブレーキ音が響いた。その光に、音に、私は思わず梓葉の手を離してしまった。


その瞬間、
梓葉はガードレールを跨いでいった。

「梓葉⁉」

驚いて梓葉の名前を呼ぶ私に
梓葉はくるりと私の方に向き合い、笑って、言った。

「大好きだよ、かず君」

その顔は
私が見た中で1番綺麗な梓葉の笑顔だった。

そして伸ばした私の手を避けるように身体を反らし、
梓葉は海へと堕ちていった。

笑顔で、ひとすじの涙を流しながら。

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