愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

外に出ると眩しいばかりの太陽が目を射してくる。
思わず太陽を遮るように手を目の上にかざすけれど、それでも太陽は指の隙間から光を射し込んでくる。

桐生コンツェルンを後にして、最初に川西さんに会いにいく。

受け付けを済ませ川西さんのいる病室へと入る。
ベッドには変わらず眠り続ける川西さんの姿。
そんな川西さんを見ると罪悪感と申し訳なさとでいっぱいになる。

ごめん、川西さん。
忘れててごめん。
君はずっと覚えてくれていたのに。

俺との出会いも、
俺との、約束も。

そして、約束を守るために
柚葉を止めようとしてくれていたのに。


……父さんから全て聞いたよ、川西さん。

川西さんは自分の叔母が友人の子どもを保護者として引き取った事は両親や親戚達が話しているのを聞いて何となくは知っていたらしい。
だけどその子どもが柚葉だとは知らなかった。

そんな中、母親から叔母への届け物を頼まれ叔母の住むマンションへと向かった。
その途中、叔母さんが柚葉と一緒にマンションへと入っていくのを見た。

最初は単純に同じマンションに住んでいるだけだと思いそのまま部屋を訪ねようとしたが、何だか胸騒ぎがしてその場を引き返した。

母親には留守だったと言い、今度は連絡をして近くのカフェで会った。
その時に柚葉と一緒にいるのを偶々見かけた事を聞くと叔母さんは少し困った顔をしたが話してくれたそうだ。

柚葉は親友のひとり娘だった事、
両親を亡くし、継母も亡くし天涯孤独で施設に入れられるところを引き取った事、
姪である川西さんと同じ学校だと知っていたが、柚葉から変に気を使われたりしたくないから川西さんには話さないでくれと言われていた事、
だから柚葉に対してこれまで通り何も知らないままでいてほしいと、そう言われた。

その時、叔母さんは梓葉さんと一緒に写った写真を見せてくれた。
その時はそれで納得して叔母さんに言われた通り、柚葉に対して以前と同じまま、何も知らないままで接していた。

だけど、川西さんは聞いてしまった、
俺と柚葉の会話を。

【引き取ってくれた父親の幼馴染は相変わらず忙しいの?】

そんな俺の言葉が川西さんには引っかかった。

【叔母は親友である梓葉さんという女性のひとり娘である冬野さんを引き取った、
だったら
引き取ってくれた母親の友人、になるのではないか?】


何かがおかしい、そう思った川西さんはひとりで調べた。

そして辿り着いた、
柚葉の父親の事故死、継母の殺人事件に。

図書館で古い新聞を読み漁り見つけた真実。
そして思い出した、

【梓葉は殺されたようなもんよ、あいつ等に】

そう小さな声でポツリと、だけど苦々しく言った叔母の言葉を。


あいつ等、とはひとりではない。
だとしたら冬野さんの父親と継母の事?
そして、そのふたりは事故死に他殺と不自然に亡くなっている……。

ざわつく胸を抱えたまま、学校では普段通りに過ごした。
もちろん、柚葉に対しても。

そして、柚葉がボランティア活動で家を留守にする日曜日に叔母さんの家を訪ねた。

表向きの理由は英語を教えてほしい、
そして本当の理由は何か真実に近づく事はないか、との思いで。

他愛もない話をしながら勉強を進め、少し休憩しようとなった時、不自然にならないように言った、
アルバムとか見たいな、昔の叔母さんやお母さんが見たい、と。
少し恥ずかしがりながらアルバムを見せてくれた。
子どもの頃からページをめくっていく。

そして、1枚の写真を目にした途端手が止まる。
その写真には高校生の叔母さんと梓葉さん、
そして同じ年頃だと思われるひとりの男の子が写っていた。

……似てる、
そう思って叔母さんに聞いた、
この男の子は誰?と。

すると、叔母さんの表情は一瞬曇った。
だけど、すぐに何ともないとでも言うような顔で言った、

【梓葉が学生の頃につきあっていた人よ。
ほら、凛と同じクラスの桐生コンツェルンの息子さんの父親よ。
柚葉ちゃんは知らないから言わないでね。
柚葉ちゃんも桐生の息子とは特に仲がいいわけじゃないみたいだし】

そう言ってまたページをめくっていく叔母さんを見ながら川西さんは胸がざわつき始めていた。

そんな時、叔母さんに仕事の電話が入る。
急な仕事が入り出なければいけない、自分はいないけどゆっくりしてて、と言って慌てて出ていった。

チャンスだと思い、ゆっくりと柚葉の部屋に近づいた。
ドアノブに手をかけて、だけど回せない。

自分が勝手に不安や疑心を抱き、それを確かめるために他人の部屋に勝手に入るなんて、到底許される行為じゃない、
やっぱり駄目だ、そう何度も思いドアの前に立ち尽くしたまま時間は過ぎる。

……帰ろう、こんな卑怯な事出来ない、
そう思い教科書やノートを鞄に片付ける。

その時に不意にある物が手に触れた。

それはいつも鞄の小さなポケットに大切に入れているお守り、
子どもの頃、俺があげたくまのキーホルダー。

それを手に取り、川西さんは意を決して柚葉の部屋のドアノブを回した。

すっきりと片付いた部屋が目に入る。
片付いている、というより物があまりにも少ない、
そう感じた。
机に椅子、それにベッド。
女子高生らしいメイク道具や雑貨等全くない。
そんな部屋を見て背筋が寒くなるのを感じた。

ふと目に入ったのは机の上に置かれた1冊のノート。
教科書やノートは本棚に全て収められている中、そのノートだけ机の上に置かれていた。
ずいぶんと古いノートに見える。

震える手でそのノートを手に取りページをめくる。

読み終わる頃には心臓がドクドクと痛い位に音を立てていた。

そして川西さんはそのまま桐生コンツェルンへと向かった。
日曜日のため数名の社員と警備員しかいなかったが川西さんは父さんに会いたいと申し出た。
高校生の女の子がいきなり社長に会いたいなんて言っても聞いてくれる訳がない。
最初は冷たくあしらわれたが、川西さんはそれでも食い下がり懇願した。

警備員が困りながらも宥める中、父さんがその場に出くわす。
日曜日でも父さんが家にいる事は滅多にない。
その日は偶々会社にいて、ちょうど帰るところだった。

川西さんは警備員を振り切り父さんに言った、

『桐生一哉君のクラスメイトの川西と言います。
桐生君のお父さんに大事なお話があります。
冬野梓葉さんと、柚葉さんの事で』

そう聞いた父さんはすぐに川西さんを自分の部屋へと促した。

そして川西さんは全てを話した。
これまでの事を全部。

そして、柚葉の部屋で見た、
冬野梓葉が遺した日記の内容を。

そこで父さんははじめて冬野梓葉が日記を遺していた事を知る。

そのノートには
夫や愛人からの仕打ちも書かれていたが、
父さんと再会した事も書かれていた。
父さんと再会して心を取り戻せた事、
最期は父さんと一緒に過ごす事、
遺してしまう柚葉への懺悔、
そして最後はただただ柚葉の幸せを願う思いが溢れていた事。

そこまでは良かった、
ただ、最後のページに書かれていた文章に川西さんは恐怖を感じた。

【もうすぐだよ、
もうすぐ全部終わるよ、ママ。
私はママを苦しめた奴等、全員許さない。
後は、桐生の人間だけ】

奮い立たせるかのように力強く書かれたその文字に川西さんは柚葉の最後の狙いは父さんだと思い、急いで父さんに知らせにきたのだ。

父さんは聞いた、
何故クラスメイトの君がそこまでしてくれるのか?と。

すると川西さんは、真っ直ぐに父さんを見て、言った。

『私は昔、桐生君と約束しました。
君を自由にしてあげると。
桐生君はそんな事覚えていなかったけど、私はずっとその約束をいつか果たしたいと思っていました。
それが今、なんだと思うんです。
想像でしかありませんが、冬野さんの言う
桐生の人間、というのは桐生君のお父さんだけではなく、桐生君も含まれている様な気がして怖いんです。
……お願いです、冬野さんを止めて下さい。
そしたら桐生君は、
自由になれる気がするんです。
桐生の名からも、冬野さんからも』

……そして次の日、
あの事件が起きた。

「ごめん、川西さん。
……ごめん」

謝って許される事じゃない、
だけど、川西さんはひとりで頑張ってくれていたんだ。
俺を自由にするために。
ひとりで悩んで、ひとりで背負って、
ひとりで決めて、
そして今も頑張っている。

……川西さん、
どうか目を覚まして、
君にはたくさんの君を愛する人がいるから。


「後は俺が、全部受けるよ。 
俺が、ちゃんとするから。
だから川西さんは安心して休んで、そしてまた元気な姿を見せて。
……ありがとう、川西さん」



病院出て、ただ歩く。
何も考えもなく歩いていても、行き着く先は分かってた。

「……変わらないな、ここは」

平日の昼間、そこはいつも以上に静かな空間が広がっている。
一冊の本を手に取り席に着く。
内容はミステリー。
今読むとありがちな話とありがちなトリック。
やっぱり借りてまで読む程面白いとは思えない。

だけど、あの時は言われるがままに借りて帰った。
そうしたらまた会えると思って。

顔を上げても目の前には誰もいない。
そりゃそうだ。
こんな平日の昼間から古い図書館に来る人なんてそうはいないだろう。

だけど、あの時は

柚葉がいた。

忘れてない、
あの日の柚葉の笑顔も、
繋いだ手の暖かさも。

あの日、柚葉に出会って俺の世界は変わったんだ。
白黒の世界が鮮やかな世界に、
冷たい世界が暖かな世界に。

好きなんだ、柚葉が。
誰よりも大切で大事で守りたい。
俺だけの天使なんだ。

柚葉、
柚葉――。


気がつくと大きな窓からは夕陽が射し込んできていた。
ふと時計を見ると針は18時をもう少しで迎えようとしていた。

図書館を出てスマホを手に取る。
画面には柚葉からのライン。
学校を休んだ俺を心配する内容。

その内容に答えずに俺はただ一方的な返信をする。

【今からいう場所に来てほしい】と。





「一哉君」

後ろから名前を呼ばれる。
もう何度、名前を呼ばれただろうか。
振り返らなくても誰だかなんて、分かる。


「……柚葉」


夕陽を浴びる柚葉はキラキラと輝いていて、

やっぱり柚葉は天使だと

俺は何だか嬉しくて哀しくて、

泣きそうになる。



柚葉、
俺は君とずっと一緒に生きていきたい。
君を守ると決めたあの日から、
俺の気持ちは何ひとつ変わっていない。

だって君は俺だけの天使だから。
俺は君を守るヒーローだから。

だから、だから柚葉、


「聞きたいことがあるんだ」


どうか、嘘はつかないで。

この先も一緒に生きていくために。

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