愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

家に帰ってからも一度芽生えた高揚感は消えなかった。
普段なら帰ってすぐに宿題をするのにそんな気も起きずランドセルを放り出してベッドに横になる。

……冬野柚葉、か。

不思議な女の子だったな。
目を閉じると柚葉のあの緩やかに笑う顔が思い浮かぶ。

そういえば柚葉は何の本を読んでいたんだろう、俺の読む本は難しそうだと言っていた。
確かにミステリーとかは読みそうにない感じだった。

クラスメイトの女子とは読んでいる本の話はしないから検討もつかない。

……そもそも俺と柚葉って同じ歳なのかな?

ランドセル背負ってたし見た感じ同じ歳だと思ってたけど初めて会った相手にあんな風に声を掛けられるなんてもしかしたらひとつ年上とかかも知れない。

いや、あまり考えずに話しかけてこられる程に年下なのか?

学校はどこだろう、家は図書館から近いのかな。
もしかしたら図書館から遠い?
なら送っていくべきだったか。

……気づくと柚葉の事ばかり考えている。
まだ何も知らないひとりの女の子の事を。

こんな事今までなかったのに。

真剣に本を読む顔、ページを捲る指、緩やかに笑う顔、夕日に照らされてオレンジに染まった頬、繋いだ手の暖かさ、少し高くて心地良い声、次々と浮かんで繰り返されていく。

『じゃあまたね、一哉君!』

……また、がある。

その事実が嬉しい。

社交辞令みたいな言葉がこんなにも嬉しいなんて、自分の名前を呼ばれる事がこんなにも心地良くてもう一度呼んでほしいなんて、
こんな事を思う自分が自分じゃないみたいで、初めてで何だか少し苦しくて俺は枕を抱き締めた。

「早く会いたいな……」

ポツリとこぼれた言葉は電気を付けていない暗い部屋に溶けた。
そのまま暗闇に引き込まれる様に俺は深い眠りに堕ちていった。


2日後の放課後、流行る気持ちを押さえて図書館へ向かう。

この2日間ずっとそわそわと宙を浮遊するような気持ちだった。

もちろん周りにはそんな事悟られないようにいつもの桐生一哉を演じていた。

朝起きて学校へいき授業を受けてクラスメイトとも時にふざけながら仲良く当たり障りなく過ごし塾へいき家へ戻りひとりご飯を食べて
宿題をしてお風呂に入り寝る。
毎日の決まりきったルーティーン。

だけど今日はそこに違うものがある。

図書館に付き小さく息を吐く。

意を決した様にドアを握る。

「あ、一哉君!」

その瞬間、後ろから響いた俺の名前を呼ぶ少し高くて心地良い声。

誰か、なんて分かりきっていたけれど少し意外そうな顔を作りゆっくりと後ろを振り向く。

「……柚葉、だよね」

「うん、覚えてくれてたんだね
嬉しい!」

素直に無邪気にそう嬉しそうに言って緩やかに笑う柚葉を見て俺は頬に熱が集まるのが分かった。
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