愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

張り詰めた空気を裂くように、
峰島さんが今度は大きく長く息を吐いた。

「二宮梓葉は自分の父親の復讐のために、
君の父親、桐生一仁に近づいた」

静かに、でもはっきりとそう言って、
峰島さんは俺に1枚の写真を差し出す。

それはクラスの集合写真、
少し古いが、これに何か意味があるのかと思いながらその写真を受け取った瞬間、
ひとりの女の子が目に飛び込んだ。

柚葉によく似ているこの女の子は……

「梓葉、さん……?」

「そうだ、冬野柚葉の母親、
二宮梓葉だ」

確かに、この女の子は梓葉さんだ。
だけど、それが何だと言うのだろうか。

そんな俺の思いをすぐに汲み取ったのだろう、
峰島さんは言葉を続ける。

「1番上の、向かって1番右端に写るのは、 
私だ」

「え……?」

そう言われて目線を梓葉さんから、1番上の、向かって1番右端に写る人物に移す。

……確かに、面影がある。
真っ直ぐにカメラを見据えるその女の子は、
確かに峰島さんだ。

「私と二宮梓葉は、小学、中学が同じだった。
かと言って別に仲がいい友人とかではない。
同じクラスになったのも、小学生の時に一度、そしてその写真の中学3年の時の二度だけだ。
私は特に目立つ訳ではなかったから、二宮梓葉は私の事を覚えてもいないだろう。
だけど、私は覚えている。
彼女がひと目を惹くほどに綺麗な女の子だったのもあるが、
私は彼女の恐ろしい一面を偶然見てしまったからだ」

「……何を、言っているんですか?
梓葉さんは綺麗で優しくて柚葉の事を死ぬその瞬間まで愛していたような、そんな愛情に満ちた女性ですよ?」

少し声が震えたのが分かった。
そんな俺にお構いなしとでも言うように、
峰島さんは淡々と話を続ける。

「そうだね、君の父親もそう思っていた。
だからこそ、二宮梓葉が死ぬその時まで、
いや、亡くなった後もずっと二宮梓葉を忘れられず引きずっている。
彼女を救えなかった罪悪感から自分だけ幸せになれないと、君と君の母親から遠ざかり、結局今の今まで君達家族はバラバラだ。
それが二宮梓葉の復讐のひとつだと言うのに」

二宮梓葉の、復讐……?
意味が分からない。
梓葉さんはただ純粋に父さんに恋をした。
家のせいで無理矢理別れさせられて、
傷ついて、
そして、傷が癒えた後、
別の人と結婚して、柚葉を産んで、
そしてまた裏切られて傷つけられて苦しめられて、
心を病んで、
最期に父さんとほんのひとときを過ごして、
たったひとりで、亡くなった。

そんな人が復讐なんて、
一体何を言っているんだ…!?

「そんな突拍子もない事を言って俺から何を引き出したいんですか?
残念ながら峰島さんの欲しい言葉は何も言えないですよ。
俺は本当の事しか話していませんから」

「二宮梓葉の父親は桐生一仁の父親、つまりは君の祖父に一度工場を潰されている」

何とか平静を装って言葉を返したのに、
峰島さんから返ってきた言葉に俺の心臓はドクンと大きく音を立てた。

何も言わない、
言えなくなってしまった俺に、
峰島さんは更に淡々と言葉を続けていく。

「二宮梓葉の父親は2代目として工場を自分の父親から引き継いだ。
小さな工場ながらも地域の人達のため、地元密着で一生懸命にやっている姿勢が受け入れられ、家族、そして従業員が生活をする分には困らない位には経営出来ていた。
だが、二宮梓葉が生まれたその年に、工場の場所を狙う君の祖父が汚い手を使って工場を潰したんだ。
工場のあった場所は今は君の住む家になっている」

「俺の、家……?」

俺の住む家は昔は祖父母が住んでいた。
父さんと母さんの結婚が決まった時に、その家と代々桐生のトップが住む生家をリフォームして、
祖父母は生家に移り、父さん達が今の家に住む事になった。

あの家が、
昔は梓葉さんの父親の工場だった……?

「あの場所の周りの環境、そして利便性が気に入った君の祖父は、最初は譲ってくれないかと持ちかけた。
地価額から多少の色も付けた金額も提示した。
だが、地元密着で地域の人達のために仕事をしてきていた二宮梓葉の父親は断った。
地域の人達のために、この場所でずっとやっていきたいから、と。
金額を上げたり、新しい工場の場所の世話も申し出たが、頑なに断り続ける二宮梓葉の父親に業を煮やし、
だったら工場を潰せばいいという暴論に至った。
まぁ、お金で動かない、自分の思い通りにならない事が許せなかったのもあったのだろう」

……まさか、そんな。
そんな事、祖父から聞いた事ない。 
父さんからも。

祖父は確かにプライドの高い人だった。
桐生の名を、会社を、これだけの大企業まで押し上げたのは間違いなく祖父だ。 
そんな祖父に逆らえる、口を出せる人間なんて桐生の一族にはいない。
父さんでさえも。

それでも、俺は桐生の跡取りとして祖父には可愛がってもらった。 
父さんに対して誰よりも厳しくしてきた祖父は、
その反動からか、俺には優しかった。

だから、信じられない、
信じたくない、
そんな、その場所が気に入った、なんて
そんな理由だけで、
そこにいる人達を追い出すために、
工場を汚い手を使って潰した、なんて。

「先代から引き継いだ工場を潰され失意の中、それでも今まで働いてくれた従業員には感謝と贖罪のため退職金と新たな就職先まで世話をした二宮梓葉の父親は、その後再起一転と新たな場所で小さな工場を構えた。
苦労の連続だっただろう、借金もあった、
苦労に苦労を重ね工場を何とか軌道に乗せ、人並みの生活を送れるようになった頃には、それまでの苦労が祟り、二宮梓葉の父親は心臓を悪くしていた」

「心臓を……」

苦労ばかりを強いられ、挙げ句に心臓を悪くするなんて、
しかも、その元凶が俺の祖父、だなんて。

「父親は大変な子煩悩で娘の二宮梓葉をそれは大事に、目の中に入れても痛くない程に可愛がっていた。
そんな父親が二宮梓葉も大好きだった。
本当に仲のいい家族だった。
幸せが崩れていったのは、二宮梓葉がまだ小学4年生の時だ、
父親が発作で倒れた。
幸いすぐに救急搬送され大事にはいたらなかった。
その時、父親が心臓を悪くしている事が分かり、
その上、二宮梓葉は近所の人から、
昔、桐生の人間に汚い手を使って工場を潰された、
そのせいで父親はしなくていい苦労をした、
心臓を悪くしたのは、きっとその苦労のせいだ、
と聞いてしまった。
それから二宮梓葉は調べた、工場の事、
桐生の人間の事。
全て知った二宮梓葉は、父親から工場を奪い、苦労ばかりをさせて、心臓を悪くした原因である桐生の人間を恨むようになった」

……そんな事があったなんて、
誰も知らなかった。

父さんは、
知っていたのか?
それとも、
何も知らない……?

「心臓を悪くしながらも二宮梓葉の父親は変わりなく仕事に精を出していた。
発作を起こしても、休む事なく働き続けた。
妻や娘が止めてもいつも笑顔で、
大丈夫だ、心配ないよ、と言って。
娘の将来のためにお金を少しでも遺したい、妻と娘に不自由な思いはさせたくない、そう思いかなり無理をしていたのだろう。
そんな父親の優しさが返って二宮梓葉を復讐に追い立てた。
大好きな父親をこんなに苦しめているのは、桐生の人間だ、
一度ならず、ずっとずっと、
この先父親は苦しむ。
桐生の人間が工場を汚い手を使って潰さなかったら、
父親は借金を抱えてこんなに苦労する事なんてなかった、
心臓を悪くしてこんなに苦しむ事なんてなかった、
全部、全部桐生の人間のせいだ、
そう、二宮梓葉は桐生の人間を恨むようになった」

……これは、
本当の話なのか?

本当なら、
柚葉も、梓葉さんも、

俺達をずっとずっと、
恨んで復讐のために、
生きていたのか……?

「二宮梓葉と桐生一仁が11才の時、
二宮梓葉が偶然を装いふたりは出会う。
全ては桐生の人間への復讐のために」

峰島さんの言葉の後に、
俺の耳に柔らかい笑い声が微かに聞こえた。

それは、
柚葉の声なのか、
それとも、

二宮梓葉の声なのか__。
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