愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

「2日ぶりだね」

屈託なく笑いそう言って柚葉は俺の手を取る。

予想もしていなかった行動に何も言えず身体が固まり動けなくなった俺に気づかない柚葉はそのまま俺の手を引いてドアを開ける。

カウンターの前まで歩くとそこで俺の手を離しランドセルから一冊の本を取り出した。

「一哉君も返すでしょ?」

そう言われて慌ててランドセルからこの間借りていた本を取り出す。

チラリと柚葉の持っていた本を見る。
タイトルからしてファンタジー系だろうか、どちらにしろ俺は読むことのなさそうな本だった。

「今日も本読んでいくの?」

小さな声でそう聞いてくる柚葉に少し考えてしまう。

別に今読みたい本がある訳じゃない、元々2日前にここに来たのも小学生が出来る精一杯の非日常を味わいたかっただけだ。

だけど今日は違う、目的があってここに来た。

柚葉に会うため。

……だけど柚葉は単純に本を読みに来ただけだろう。

だったら俺の存在や気持ちなんて柚葉にとって邪魔なだけなのか。

そんな事を考えていたら不意に手に暖かさを感じた。
それが柚葉の手の暖かさだとすぐに気づき思わず柚葉の顔を見る。

「ねぇ、少しお話しようよ」

「……え?」

俺の返事を待たずに柚葉はそのまま俺の手を引いてドアを開けて外に出る。

図書館を出て裏へと続く道を歩くとそこは広い庭園になっていた。
真ん中には噴水がありベンチも間隔を開けて何個か置かれている。
ベンチや芝生に座り本を読んでいたり談笑したりしている人もいた。

「ここでいいよね?」

そう言って俺の手を離してランドセルを降ろしベンチに座る。

そんな柚葉に倣うように俺もランドセルを降ろし柚葉の隣に座った。

「天気いいねー、良かったー!」

そう言ってまた緩やかに笑う柚葉の髪が不意に吹いた風に靡く。

真っ直ぐに長く伸びた黒い髪、少し茶色っぽい猫の様な目、少し高い声、さっきまで俺の手を握っていた小さい手、全てが心地良く俺の中にスッと入ってくる。

「……あのさ」

「うん?」

どうして、俺に声を掛けてくれたのか、
どうして、俺の手を引いてくれたのか、
どうして、今こうして俺と一緒にいるのか、
聞きたい事は沢山あるのに口からは何も出てこない。

「……別に深い意味はないよ」

「え……?」

そんな俺の思いを察したのか柚葉から言葉を紡いでくれる。

だけど発せられたその言葉の意味すら分からず俺はただ柚葉の次の言葉を待つ。

そんな俺を真っ直ぐに見ながら柚葉は言葉を続ける。

「一哉君と仲良くなりたかっただけ」

そう言って少し眉を下げて緩やかに笑う柚葉に一瞬で頬に熱が集まったのが分かって思わず下を向く。

そんな俺にお構い無しに柚葉は話し続ける。

「仲良くなれると思ったんだ、
……一哉君は私に似てるから」



そう言った柚葉の顔は、少し寂しそうで悲しみも滲ませていた。

だけどこの時の俺はそんな柚葉の一瞬見せた表情も言葉の意味も何にも分かっていなかった。

この時少しでも柚葉の胸に秘めていた感情に気づいていたら今とは違う未来があったのだろうか。

柚葉が生きていて、ふたりで笑い合う、
そんな未来が。
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