愛を知らない僕たちは、殺す事で愛を知る

冷たい無機質な空間でひとりの少年はひとつ、小さな息を吐き出した。

そんな少年とテーブルを挟んで向かい合って座りただ少年の話を聞いていたひとりの女性刑事は少年の行動を合図に一呼吸置いて話を切り出す。

「君と冬野柚葉の出会いは小学5年生の5月、図書館での偶然の出会いだったんだね」

「ええ、まだ小学生だった俺の小さな、だけど精一杯の日常への反抗心からの行動が柚葉との出会いに導いてくれました」

相変わらず穏やかな笑みを浮かべて話す少年はとても大切な思い出を語るかの様に、今はいない冬野柚葉というひとりの少女への愛しさを滲ませていた。

「あの日は初めて沢山柚葉と話をしたんです。
同じ小学5年生だった事もその時初めて知りました。
柚葉はずっとにこにこと笑って俺の話を聞いていました。
普段両親とは一切会話もなくて学校でもクラスメイト達の聞き役に回る事の多かった俺は話を聞いてもらえる事が嬉しくて夢中で話しました。
学校の事や塾や勉強の事、両親との不仲、それこそ好きな食べ物やテレビ番組とか下らない事まで」

懐かしむ様に目を細める少年を女性刑事は何とも言い様のない気持ちで見ていた。

何故そんなに少女に対して愛しさや懐かしむ様な感情を持ちながら彼が自分が彼女を殺したと言うのかまるで理解が出来ない、そんな感情だったのか。

それとも女性刑事には少年と少女の別の顔が見えていたからなのか。

「ではその時は君はまだ冬野柚葉の置かれている境遇は分かっていなかったのか?」

女性刑事の言葉に少年は穏やかな笑みから一転、まるで感情を無くしたかの様な冷たい表情へと変わった。

「……はい、この時の俺は自分の事ばかりで柚葉の事を分かろうとしていませんでした。
もしもあの日、俺が少しでも柚葉の事を聞いていたら俺は柚葉を殺す事はなかったかも知れない。
……まあ今更ながらのたられば話ですけど」

そう言って遠くを見る少年には何が見えていたのだろうか。

「俺が柚葉の事を知るのはもう少し後の事です」

この時の少年が見えていたもの、それはもしかしたら、あったかも知れないたられば話の未来で笑い合うふたりだったのかも知れない。
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